一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

窓辺の月

 〈???〉


 自分の世界を救うため、異世界から異世界へと転移した四人の勇者……ヨリト、アヤト、シオン、ミヤコ。世界の創生と破壊を司る神ゼロキュレスを召喚する禁忌の魔術を行おうとするゼフィアンの話に乗ったヨリトとシオン……そして、アヤトはゼフィアンの策略により病に伏した王を助けんと単身で帝国へ向かっている。

 つまり、時が経てば三人の勇者が強力な武器たる神器を携えて帝国に集うこととなる。

 そうなると……一体最後の一人はどこで何をしているのかという疑問が生まれる。ミヤコ……彼女についてはゼフィアンでさえも情報は掴めておらず、他の勇者も彼女を知らない。恐らく、あの伝説最強と謳われるモーガン・ブラッキーでさえも彼女の居場所を突き止めるのは困難であろう。

 なぜならば、彼女は魔族が多く住まうアスカ大陸で最も平和にして最も強大な力持つ国……スーリアント大陸の三大列強国たる帝国をも上回るルシファー領にいるからだ。

 絶対不可侵とされる世界最強の国……その理由はルシフェル領を収めるアスカ大陸の魔王の中で最強であるオールバス・ザ・ルシフェル2世がいるからだ。

 彼は何を隠そう今なお生きる神話の一人なのだ……いかに伝説といえど、おいそれと手を出せる相手ではなかった。

 ルシフェル領の中心には首都フェルトがあり、オールバスの住居である巨大な塔が雲をも貫いて聳え立っている。オールバスはその頂上にある玉座にて座し、頬杖をついて目の前で跪く少女を見下ろしていた。

ミヤコ・・・か……下界は荒れに荒れているようだ。お前もそろそろ出るのであろう?」

 彼の言葉だけで空気が震える。

 あまりにも巨大すぎる重圧の中で、その少女は凛とした瞳をあげてオールバスを見据えて答えた。

「はい。本日までお世話になりました」

 あげた顔を再びスッと下ろした。オールバスは気分を良くしたのか、口の端を僅かばかり吊り上げる。

「ふん……精々足掻くがいい。お前の活躍を期待している……と、これは餞別として聞くがよい」
「はっ……ありがたき」
「帝国と戦争をしている国……イガーラの首都にグレーシュという名の男がいる。それと会うとよい……さぁ、これ以上はお前のやるべきごとだ。用が済んだのなら疾く失せよ。オレも忙しい」
「はっ……失礼します」

 ミヤコはそう言って立ち上がると踵を返して歩き出す。

 黒く長い髪は腰の辺りで切り揃えられ、前髪も目の上で揃えてある。服も黒が貴重な軍服のような服装で腰には一本の刀が挿されていた。

 遂に最後の勇者動き出した。

 オールバスは玉座のある部屋から出たミヤコを見送ってから、ふと遥か空から見える霊峰の頂を見る。本来ならかなりの距離があるはずだが……それでも、オールバスにははっきりと霊峰の頂上にヘラヘラと笑っている女が見えた。

 ミスタッチ・ヴェスパだ。オールバスと同じ神話の一人に名を連ねている者である。

「ふん……オレとお前もこのまま玉座で胡座をかいている場合ではないやもしれぬぞ?」
「ふっふっふっ〜それはそれで面白いと思ってるんじゃかいのー?オルバちゃんは〜」
「ふははははは!当然……。お前が動くのか気になっただけのこと」
「動くわけないわい。下手に動いてモーガンとやり合うのは勘弁ー」
「ふん……神に対する特攻であったか?世界に対して特攻を持つ我らと彼奴では規格が違う……。たしかに、我らには分が悪いことだ」

 モーガンの神殺しの伝説は伊達ではないということらしいが……ともかく、一体離れた場所にいるというのにどうやって会話しているのかなんて疑問……訊くだけ野暮なのだろう。
 そのまま、神話同士の会話は終わりを告げ……玉座の間は静寂に包まれた。

 その静寂の中、玉座に座るオールバスは目を瞑り……遠い過去の記憶を思い浮かべた。そう、およそ千年も前のこと……まだ、モーガン・ブラッキーが伝説と呼ばれるようになる遥か前の物語。全ての記憶を失い、両足を失い、それでも大切のものを守るためにその身を犠牲にし続けた……ある少年の物語。


 〈クーロン・ブラッカス〉


「……」

 ふと、目が覚めた。

 視界には現在私たちが拠点としている教会の客室の天井が写った。

 どうやら私はソファで眠ってしまっていたようで、やや身体が冷えている。窓からは光が差し込まず、時間の確認のためにもとソファから起き上がってガラス窓を閉ざしていたカーテンを開くと、案の定外は真っ暗だった。

 種族がら夜目の利く私は暗がりでも十分に動ける。部屋のものもバッチリ見えていたので難なく歩け……、

「あいたっ」

 と、私はうっかり机の脚に小指をぶつけてしまいその場で蹲る。小指がジンジンして非常に痛い……。うぅ……なんて私はドジなのでしょうか。

 こんな姿を、もしもグレイくんに見せたら笑われてしまうと思うと途端に恥ずかしさが増した。絶対に呆れられるか、馬鹿にされるか……嘲笑う彼の姿が目に浮かび、今度はイラっとした。

「はぁ……」

 私は痛みが引いてきたため立ち上がり……なんだか手持ち無沙汰になってしまったので窓辺に寄り掛かって丁度見えた月をぼーっと眺める。

 つい最近まで、思考がグレイくんと完全に同化していたのに気付いた。そして、今はそんな感じがしない……前のように私が今まで知らなかった技も使えなくなっている。

「……バリス」

 グレイくんがよく使う技だ。本来は弓で使われる技だが、基本的に全ての武器で使用可能な万能必殺技なのだ。今では理論も何も分からないが……。

「……」

 そう、今は分からない。恐らく、グレイくんと私を繋げていたパスのようなものが切れたのだろう。もう彼の思考、気持ちを感じ取ることができなくなっている。

 感じ取るができなくなっている……はずなのだが、先ほど眠っている際に変な夢を見てしまった。あれはたしか、グレイくんだった。あの夢はグレイくんのものだった。グレイくんの記憶だ。心のパスは切れたはずだが、まだ完全ではないのかもしれない。

 しかし、グレイくんの記憶だったのかどうか自信はあまりなかった。なぜなら、グレイくんの記憶に登場するには些かおかしな人物がいた。

 ゼフィアン・ザ・アスモデウスだ。

 ゼフィアンとグレイくんがまるで家族のように、もう一人ゼフィアンに似た女の子と三人で暮らしている光景が見えたのだ。

 しかし、心でグレイくんと繋がっていた私だから分かる。あれは本当にグレイくんの夢……記憶だったと。

「……」

 今日の月は妙に輝いて見える。それに合わせて、私の瞳に月光が宿るのを感じた。だから私は、背後に無遠慮に、無造作に現れた人物に声を掛けた。

「何の用でしょう」
「いいや……特に用はなかったんだがなぁ。今、出来たぁ」

 私の背後に現れたのはベルリガウスだった。
 先程まで私が眠っていたソファに傲岸不遜な態度で座り、窓辺に寄り掛かかる私を見据えている。

「今……出来た?」
「あぁ……俺様はどちらかってぇーとな、てめぇはあの坊主を引っ張り出すのに反対すると思ってぇたんだんだぁ」
「なぜそう思ったのですか?」
「んなもん、ったりめぇだ。てめぇ、坊主のことが好きなんだろう?」
「好きではありませんよ」

 私は即答した。これにはあのベルリガウスが面食らったような顔をし、クツクツとした笑みを浮かべる。

「くっくっくっ……大好きだとでも言いてぇようなだなぁ」
「む……」

 ニュアンスは大体合っているが、好きという表現はあまりしっくりこないと私は思ったら。この彼への溢れんばかりの感情は、もはや愛だ。

 それがベルリガウスにも伝わっているのか、彼はすっかり呆れ顔になっていた。

「愛してるからこそ……坊主を戦場に立たせるんだな。てめぇは」
「ええ、その通りです。…………それにしても、あなたのような人がこんなことに首を突っ込むとは思いませんでした。ただの戦闘狂だとばかり……」
「いいや、それでぇあってらぁ。俺様はどこまでも戦いを求める男だぁ。それが俺様の唯一の在り方……だが、たまにはこんなお節介も焼きたくなるってぇもんだぁ」
「あなたらしくない……」
「そうだなぁ」

 別にベルリガウスのことを理解しようと、したいと思っていない。しかし、きっとベルリガウスにはベルリガウスなりの過去があり、そして今があるのだろう……。

 私はグレイくんの過去と、そして今を守るために戦う。彼は家族を守るために戦うと決めた。それを今日まで彼は貫き通してきたのだ。それが間違っているか、正しいかなど分からない……分からないが、それを肯定してあげるために私は戦うのだ。グレイくんが今まで戦ってきたことは無駄ではなかったと。だから、これからも戦うのだと……それを重荷に感じたなら、私がそれを一緒に背負うからと。

 わたしはあなたの戦友だから……。



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