一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

出現

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 イガーラ王国の首都イガリアにて突如始まった大規模な戦闘は世界各国の首都でほぼ同時刻にも行われていた。この魔術協会による同時多発的な奇襲戦略は後に"列強陥落"と呼ばれ、これにより一夜にして三大列強国はバニッシュベルト帝国を除いて陥落……その他、三大列強に準ずる強国も魔術協会の下に沈み、その傘下に入らざるおえなくなった。
 街はもちろん、村や小さな集落は森や大地から根こそぎ焼き払われた。完全な更地となったかなに対し、魔術協会は魔導機械マキナアルマを与え、それだけでしかもはや生活も出来ないような状況に追い込んだ。
 一方、イガーラ王国首都であるイガリアではエキドナが八番を下したことによって指揮系統が乱れ、クーロンやベルセルフ、マリンネア大師団のノーラントやエリリー率いる師兵団による徹底抗戦により一夜で王都が陥落するようなことにならず、戦いは丸一日に及ぶ泥仕合と化していた。
 その王都イガリアにて……かのバートゥ・リベリエイジの自称娘を名乗るキエレナという女性からラエラを救出師団クーロンは、【月光牙】で吹き飛ばしてから直ぐに姿を消したキエレナを追って、ラエラと共に行動していた。


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 日が沈んだ王都は、燃え上がる炎によって明るさを保ち、今もなお戦いは続いている。
 クーロンは自分の後ろを歩くラエラを尻目に見て、その表情に疲労が見えたので声をかけた。

「辛かったら言ってください。あの女性に気絶させられていたのですから、無理をせずに休み休み行きましょう」

 クーロンが振り返り、ラエラに微笑みかけながらそう言うとラエラは疲れた表情で首を横にふった。

「ううん……戦ってるのはクロロさんで、私じゃないもの。ここで私が休んでいるわけにはいかないもん」

 もしかしたら、ソニアも頑張っているかもしれない。グレーシュだってこの場にいないのは知っているが、別の場所で戦ってる。グレーシュが帰ってきた時、無事に「おかえり」と言って、安心して「ただいま」と言わせてあげたいというそんな親心……親になった経験など、ラエラよりも数十年長く生きているクーロンにさえ分からない。
 だが、それなら尚のこととクーロンも首を横へ振った。

「なら、余計に無理をしてはダメですよ?グレイくんは心配性ですからね……」

 クーロンは近くのまだ原型を保っている民家へと入り、隠れるようにラエラを適当なベッドへと寝かせる。

「ごめんなさい……クロロさん」
「いえいえ」

 やはりラエラは疲れていたようで、直ぐにベッドの上で眠りにつく。それを見届けたクーロンは、ベッドの横に椅子を持っていって置き、そこに足先まで揃えて座る。そして、ラエラの寝顔を眺めながら輪郭や頭の上でピコンピコンしているアホ毛がグレーシュに似ている……と場違いなことを考えた。
 ラエラがグレーシュに似ているというより、グレーシュがラエラに似ているのだが……そうなると、やはり目元などは父親似なのだろう。

「グレイくんの代わりに私が守らないといけませんね……」

 グレーシュ・エフォンスは自分の重荷を半分でも少しでも請け負ってくれると言ったのだ。ならば、自分はグレーシュ・エスォンスの背負うものを半分でも少しでも守りきらねばならない。それが背中を任せて戦える相棒であるからだ。少なからず、クーロンはそう考えている。
 クーロンは腰に浴びている愛刀の柄尻を撫でると椅子から立ち上がり、民家きら出る。
 すると、直ぐに上下左右から氷の塊や、岩の塊、炎の塊などが飛来してくる。その全てを腰に帯びた愛刀を鞘から抜刀した一振りの衝撃で吹き飛ばす。
 瞳に赤色の光を宿らせ、腰に残る鞘も逆手で引き抜いてそのまま左手に握る。
 クーロンの上下左右を囲む魔術師達は、両手に刀と鞘を握り、瞳を赤色に発光させるクーロンの姿を見て畏怖の念を抱き、そして思い出したように一人が震えながら口を開いた。

「あれは……まさか数十年前、神話にすら登場する怪物『妖狐』の"ヨルハ"を単独で討伐した地上最強の女剣士……っ!『月光』ブラック・シェリーだ!!」

 そう魔術師が叫ぶや否や、クーロンが赤色の閃光を走らせると同時に刀の刀身を鞘へとしまっていた。その出来事は一瞬であり、クーロンが腰に愛刀を差し、ラエラのところへ戻ろうと振り返ると同時に魔術師達全身から血を吹き出し、文字通り身体を微塵にされて肉塊となった。


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 エキドナとの戦いで倒れた八番……クレーターの中心で大の字で倒れる彼はピクリと指を動かし、そしてゆっくりとだが目を開き、そして薄ら笑う。

「ふ……ふは……はは……まさか、私が倒れるとは……。だが、計画の進行に支障はない……」

 八番は倒れ、徐々にだが魔導機械マキナアルマも倒れていき、確実な劣勢となっていく魔術協会。それでも、八番は支障はないという。この場で、八番が倒れようとも、そしてここにいる魔術協会の魔術師が死に絶えたとしても。

 計画に支障はない。

「【テレパシー】……アイスベート。……やれ」

 八番が弱々しく掠れるような声で放った一言の後、暫くして八番の頭の中に響くようにして透き通るような美しい声が聞こえた。

『……ふむ。よかろう』

 その声を聞いた八番は不敵な笑みを浮かべ、自分が見上げる空が……否、空間がひしゃげていく様を見ながら眠るようにして目を閉じ、最期を迎える。
 八番が見つめていた空間は、王都イガリアの上空である。そこが何か強い力に引っ張られるかのようにひしゃげた後に周囲に広がるようにして絶対零度を放つ。一瞬て王都全域の空間そのものが凍り付く冷気……その間の一瞬でこの異常事態に気がついたのは王都の中には三人しかいなかった。

「なにこれ……」

 自分の師団の指揮をとりながらも異変の前兆を感じ、空間がひしゃげる前に空を見上げたノーラント・アークエイ、

「むぅ?」

 超高速で移動しながら魔術師を倒していたベルセルフ・ペンタギュラス、

「……」

 そして、ベッドで眠るラエラを椅子に座って見守るクーロン・ブラッカスだ。

 三人は空間がひしゃげると同時に動き出し、冷気が爆発的に広がろうとした一瞬にそれらを吹き飛ばすようにそれぞれが持つ強力な技を放つ。

「【メテオストライク】!」

 ノーラントは魔人化している拳で地面を砕き、それで吹き飛んできた巨石を、両手で握った己の剣を強化して腰を捻って思いっきりスイング。ズドン……と、重たい音を轟かせて巨石はノーラントのスイングによって吹き飛び、圧倒的膂力に飛ばされた巨石は隕石の落下のような速度と熱量を持って広がる冷気の中心に衝突する。

「我が必殺の奥義受けてみよ!【ライトニングブラスト】!」

 ベルセルフは決め台詞を吐いてから、右拳に力を溜めて電撃の塊を冷気の中心へ放つ。

「……【バリス】」

 民家から出たクーロンは、愛刀の刀身を右手に握って構え、魔力を込めた突きを放つ。信じられない程の衝撃が走り、その衝撃もやはり冷気の中心に向かって宙を駆けた。

 それぞれの放った一撃が冷気を抑え込むように働き、そしてそれぞれがぶつかる中心で大爆発を起こし、街に暴風と爆音、衝撃を轟かせる。
 冷気の広がりはなくなり、街にこれといった被害は出なかった。しかし、三人ともそれで安心はしなかった。まだ、何かが来る……そう三人の本能が警報を鳴らしていたのだ。
 その警報は的中し、爆発による爆煙の中から一人の女性が姿を現したのだ。
 水色の腰まで届く長い髪、同色の透き通るような綺麗な瞳、気高く頭に生える三角耳、白く妖艶てきめ細かな肌、スラリと長い手足と高い身長、そして豊かな胸と引き締まったウエスト。どれを取っても美しく完璧であり、宙を黒のドレス姿で浮遊する姿は神々しくもある。

「ふむ……妾の邪魔をしたのは貴様らぞ?」

 透き通る声音なのに、身体に重くのしかかる重圧。三人は直ぐに、この人物が何者なのかを把握した。
 七人いた伝説の中で三番目に強い……伝説第三位、『暴食』セルルカ・アイスベート。
 空間そのものを凍りつかせ、時すらも止めてしまうという逸話を持つ怪物だ。

「妾の邪魔をした罪、償って貰おうぞ」




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