一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

月食

 –––旧教会墓所–––


「む……」
 ギルダブ・セインバーストは横目でグレーシュ達が失敗したことを知り、どうするべきか思考を巡らせていた。
 逃げるか……このまま戦うか……といっても、目の前で対峙する雷男が逃すとは思えなかった。
「あっちはあっちで面白れぇことになってんじゃぁねぇか。そろそろ、こっちも本格的にいこうじゃねぇかよぉ……えぇ?『剣聖』」
 ビリビリと身体から電気を放電し続けるベルリガウス……ギルダブは長刀を構えた。
(とにもかくにも、この男を倒さねばな。それに……失敗したとはいえグレーシュだ。頼むぞ……このまま終わることは俺が許さん)
 ギルダブはグレーシュを信じ、まずは目の前の男を倒すことに集中する。
「いい目だぁ……」
 ビリリ……と、その放電を皮切りにしてギルダブが一歩踏み込む。鋭さ、それに力強さ共に高レベルで纏まっている。
 ザッと右足から踏み込み、ギルダブは長刀を横薙ぎに振るう。
「おぉっとぉ」
 だが、それよりも速く……ベルリガウスが雷よろしくビリビリしながら跳躍して、ギルダブの横薙ぎの攻撃を避ける。そして、そのまま両手に握る剣を真下に向け、自分の身体を落とす……。
「固有剣技……【落雷陣】!」
 身体中に電撃を纏い、落雷のように地へ落ちたベルリガウス……雷鳴のような甲高い音が一帯に広がる。
 ギルダブは返す刀で払い除け、そして……再び踏み込む。
「っ!!」
 さっきよりも速く、鋭く、力強く……ベルリガウスは驚きつつもギルダブと高速の剣舞を舞う。
「っ!」
「っ……」
 徐々に、徐々にだが戦いのレベルが、ギアが上がっていく。力を試し、様子見をしていた二人が……徐々に本気を出し合う。
「らっあぁぁぁ!!」
「ぬっ」
 衝撃……電撃が走る。二人の戦いは激化し、あまりの速さに旧教会墓所から飛び出した二人は山岳地帯にまで戦闘規模を広げる。
 ベルリガウスの電撃が山を削り飛ばし、ギルダブの剣で山々が一刀両断される。苛烈な戦い……だが、それでも二人は本気とは言い難い。
(歯切れが悪いな、ベルリガウス。まるで、本心では戦うのを躊躇っているようだ)
 それでも実に、実にベルリガウスは楽しそうに戦っている。ギルダブの気の所為か……。
 過激さを増す二人の男の戦い……そんな中でギルダブはボンヤリと……そんなことを考えた。


 –––旧教会墓所–––


 やられたっ!
 クロロの精神が大きく乱された。【メンタルバリア】で【ソウルソーサリー】による精神支配が効かないようになっているが、本人の精神状態が不安定になれば……【メンタルバリア】があっても精神支配は防げない!
 クロロは過去にあった出来事にとんでもないトラウマを持っている。なにせ、あのクロロがシェーレちゃんが変身した姿を見せただけで、あそこまで弱っていたのだ。
 絶叫していたクロロは、バートゥが不気味に笑うと同時にピクリと身体を揺らし……止まる。
 まずい……今のこの状況は……、
「キヒヒ……さぁて、いい駒が手に入ったデス。『月光』クーロン・ブラッカス……さぁ……さぁさぁさぁさぁぁあぁぁあああ!!そこの、そここのこのこそこの男をぉぉおっ、その手で殺すデス!キヒヒっ!!」

 最悪だ。

 限りなく、最悪だ。六割の成功……これは残り四割の失敗の中でも一番最悪な失敗だ。誰かが、裏切る……もしくはバートゥの支配下に置かれる最悪な失敗。
 バートゥの命令を受け、クロロは……『月光』はユラリと立ち上がって俺に目を向ける。その瞳は虚ろで、しかし……確かに月明かりの蒼光だけは宿った瞳。その瞳は徐々にだが……赤く、赤く染まりゆく。

 月が……食われた・・・・

「っ!」
 次の瞬間、クロロは刀を納刀し……腰に通した状態で俺に急接近する。戦闘モードvol.2の俺は反射的に回避行動に入る。
「クロロっ」
 上体を仰け反らせ、両手を地面に付ける。それと同時に腹の上をクロロの放った居合斬りが通過……俺は構わず足を突き出すように振り上げ、クロロの腹部に叩き込む。
「……」
 クロロの女性にしては若干重い身体が浮かび上がり、宙を舞う。その隙に、俺は振り上げた足をそのままの勢いで持って行って回転……上下を戻して、飛んだクロロを視界に収めようとするが……赤い稲光が走り、既にクロロが俺の懐で再び居合斬りをしようとしていた。
 いや……違うっ!
 と、俺は自分の中で鳴った警報に従い……退くのではなく前進し、クロロの左脇を通って逃れる。
 それと同時にクロロが納刀していた刃を抜き放つ。その刃を赤く輝かせて……。
「……【月影】」
 初めてみるクロロの【斬鉄剣】以外の固有剣技……というか、クロロが二刀流の固有剣技を使ったのを見るのが初めてだ。恐らく、それも過去のトラウマが関わっているのだろう。
 って、そんなことを考えている場合ではない。
 クロロの放った【月影】……右手で握られた刀身がさっきまで俺のいたところを切り裂く。本来ここまでで居合斬りは終わりだが、クロロはそれで止まらずに、すらも赤く輝かせて、左で逆手に鞘を持ったまま刀身を振るった遠心力で一回転……。
 クロロが反転したところで刀身が俺の眼前に迫る。
 くそっ!
 俺は屈んで刀身を回避する……が、遅れて放たれた鞘が回避先の行動を読んで俺に向かってきていた。
 これはっ……避けきれねぇっ!?
「がぁっ!」
 直撃。
 なんとか左腕でガードしたが、俺は吹き飛ばされた。衝撃を殺せず、全身を【月影】の一撃が蝕む。
 墓石が背中にあたり、蓄積されるダメージ……三つほど墓石を破壊してようやく止まった俺は、あまりのダメージに意識が朦朧とした。
「ぐっ」
 や、ヤバイ……久々にダメージを貰った。しかも、綺麗に貰った。
 つ、強いじゃないか……『月光』クロロ。
 いや、分かっていたことじゃないか。俺がこっちに戻ってきたときだって……結局本気で戦っていたわけじゃなかった。あれは、俺がどのくらい成長したのか見極めるための……。
 クロロは本当の本気で力を出すことは出来ない。必ずトラウマによる枷が働くようになっているからだ。だが、今その枷は……バートゥによって外された。今のクロロは『月光』そのものだ。
 それに、いつもクロロが上手で持っているはずの鞘は……今は逆手で握られている。これが二刀流使いクロロの本来のスタイルなのだろう。
 あの上手で持つ二刀流は、できるだけ過去のことを思い出さないための……クロロなりの工夫だったのかもしれない。それも、今は関係ない……。
 その証拠に、さっきからのクロロの攻撃、移動から音が消えている。正確には小さくなっている。
 クロロの剣といえば、大気を揺るがす獣人にも似た豪剣だ。しかし、そこから音が消える……小さくなるということはつまり、分散していた力が収束されているということだ。
 これは俺も使う【アサシン】という技術だ。力を収束させて音を消し、効率的に力を物体に伝える暗殺術の高難度技術であるが、別にこれが暗殺術のみの技術というわけではない。そもそも、効率的に力を伝えようとすれば、音は自然と消える……。
 そして、その音が消えつつあるということは……クロロも戻りつつあるということだ。昔のクロロ……『月光』と呼ばれていたクロロに。
「……っ」
 骨が軋む。どこか折れた……どこだ……肋骨か。肋骨が折れている。イタイ……イタイイタイ。
 だけど、ここで立ち止まっているわけには行かない。早く、しないと……っ!?
 俺が立ち上がろうとした時、稲光が走りクロロの気配を近くに感じた俺は、咄嗟に横に飛ぶ。
 しかし、遅かった。クロロの刃が俺の肩口を切り裂き、鞘が腹部に突き刺さる。音は殆ど消えた……『月光』が帰ったきた。
「がっ……」
 すべての衝撃が体内を駆け巡ろうとする……俺は瞬時に衝撃を大気中へなんとか分散したが、僅かばかり衝撃が入った。
 俺はまたもや吹き飛ばされ、地面を転がる。ゴロゴロ転がって、墓石にぶつかって止まる。
「はぁはぁ」
 俺は荒くなった呼吸のまま、仰向けになった状態で空を見る。ここらは不気味な霧で空は見えない……真っ暗だ。
「あぁ……」

 俺、死ぬかもしれない。

 強すぎる。速すぎる。対応は不可能……ダメだ、クロロは強い。強かった。俺と背中を合わせて戦ってくれていた相棒は、こんなにも俺より強かった。圧倒的差だ……俺じゃあ、荷が重すぎる。
 ふと、クロロが近付いて来ないのが気になって……首を横に向ける。と、視界にクロロとその横に立つバートゥが見えた。
「キヒヒ……仲間同士で殺し合う……実に実に実実実に面白いデス。貴方は最高の駒デス。キヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
 そう言って、バートゥはクロロに手を伸ばし……クロロの顔に触れようとする。姿は先ほどと変わらない、女の子の姿だ。だが、俺はそれが薄汚い何か見えた。

 ブチッ

「さ、わるな……」
「キヒヒ?」
 バートゥはクロロの頬に触れ、撫でる。撫で回す。
「なんデス?さわるなデス?」
 触る。ベタベタと。
「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒっ!」
 クロロの隣に立って、触る。撫でる。愛おしむかのように、不気味に笑って、自分の道具を優しく扱うように。
「なん、で……てめぇが」
 なんで、てめぇがそこにいる。そこは俺の場所だ。
「クロロの……隣は、俺の場所だ。きたねぇ手で触れるな」
「っ!!!?!?!??」
 バートゥは何かに気圧されるように腰を抜かし、座り込む。まあ、そんなことはどうでもいい。今は、クロロだ。
「クロロ……そういえば、まだ……決着付けてなかったよな
「……」
「分からないか?あの時の決着だ……まだついてねぇだろーが。だから、だからよぉ……それを今付けようぜ……クーロン・ブラッカス・・・・・・・・・
「……」
 俺の言葉に反応してかどうか知らないが……クロロは身構える。
 と、空気を読めない狂言者がそこに割って入ってきた。腰を抜かして、座り込んだまま……。
「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒっ、あ、あああああああなたがっ!あなたが!あなたがあなあなあなあなあなあなあなあなたがっ!あなたは、『月光』を傷付けることは出来ないデス!この私には分かるデス!霊体であるこの私には……貴方が『月光』のことをどう思っているか分かるデス。貴方は『月光』のことが」
「あぁ、そうだな」
 俺は一言……そう呟いてバートゥの言葉を遮る。遮ったのは、別に知られたくないとか……そんな理由ではないけれど。
「クロロ……もしかすると俺はお前を殺すかもしれない」
「……」
「けど、まあその方がいいだろ?バートゥにお前を取られるよりは……」
 そんなこと耐えられない。だって俺は……、
「俺は、お前のことが好きだから……だから俺はクロロ……お前を殺すぞ・・・
 これでも独占欲は強い方……いつもいつも不安で仕方なかった。こいつは俺のことをどう思っているかって……いつからこんなにお前を好きになったのか、俺が恐怖に怯えていた時、助けてくれた時だろうか……分からない。
 だが、どんな時もお前が俺の支えだった。家族を守ると誓ってやって来たこの世界で、不安と後悔を背負っていた俺の重荷を半分背負ってくれたお前に、俺は感謝している。
 普段はクールぶって、たまにおっちょこちょいでポカやらかして……そんで喧嘩したり、一緒に冒険したり、戦ったり……いつからかな……本当に。
 なぁ、クロロ……俺は結構、重い愛をお前に押し付けるかもしれない。狂っているだろうか……誰かに取られるくらいなら、ここで殺してしまいたいなんて、そんな考えは。
 まあ、なんでもいい。今はただ、君を殺す・・

 決着をつけようか……。

 いつからか、月夜の光が俺を照らしていた。その影は、狼のような姿をしていた。



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