一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

夜襲

 ※


 集落に案内された後、俺はここの長に話を通し、うちが連れてきた戦力と集落の防衛戦力を併せた防衛戦線を築き上げた。
 相手は魔族吸血鬼ヴァンパイア種で、数は不明。予想では数十人規模である。それに対しこちらの戦力は、俺を含めた援軍十七名と集落の戦力が大体同じくらい……集落周辺の警備に現地戦力を割き、援軍戦力は一晩休息させるべきだと俺は判断した。
 それに、どちらにせよ夜は敵のフィールドだ。吸血鬼種は夜目が利くが、光には弱い。瞳孔が生まれつき小さいかりだ。
 だから、狙うなら陽のある内。だが、ここは森だ。例え陽が昇っていたとしても陽の光は極めて差込みにくい。

「……」

 さて、どうしたものか……俺は仮設テントに設けられた椅子に深々と座りつつ背を伸ばす。グッと伸びれば、凝り固まった筋肉がほぐれるのを感じた。
 既に外は真っ暗で、松明の灯りだけが静寂の闇の中でメラメラと燃えていた。
 気分転換に外に出て、空を見上げると見えるのは星空を覆い隠す曇り空である。気分転換にもなりはしない。
 ちっ……空気読めねぇな。
 俺がそう心の中で悪態を吐いていると、ふと誰かが近づいてくる気配を感じ取って、首を巡らせると布をグルグル巻きにして顔を隠しているシルーシアがこちらに向かって一人で歩いてきていた。

「パーティーメンバーはどうしたんだ」

 俺のすぐ近くで立ち止まったシルーシアにそう投げかけると、シルーシアは顔の布を取っ払って髪をバサバサさせた。そして、やはり見えるようになった素顔はシルーシアだった。
 シルーシアは腰に手をやると、憮然と言った。

「寝てる……」
「そう」

 何をしているのか……なんて訊くだけ無駄だろう。シルーシアという女の思考は大方読めている。困っている同族のために……とか多分そんなところなのだろう。知らんけど。
 冒険者稼業をしているのも同じだ。酒場で働くだけじゃ大した実りにならないから、こうやって偶に冒険者として依頼をこなしたりしているのだろう。ウルディアナやベールちゃんも働いてたし……うん。まあ、知らんけど。
 俺が何も言わないからか、シルーシアは眉を顰めて言った。

「何も訊かないのかよ」
「訊いて欲しいのか」
「そういうわけじゃねぇけど……なんか会話のきっかけが掴めねぇだろ!」

 あぁ……そう。

「なんか酒場で会ったときも……こんな会話したな」
「酒場だ?……あぁ、そんなこともあったな」

 あの時はビビった。まさか、元帝国兵のお偉い方が普通に酒場に酒飲みに来てるんだもんなぁ……。
 俺はふとそんなことを思い出しつつ、言った。

「お前、同族のためにこうやってわざわざ来たんだろ?いい奴だな」
「……まあ、な。だけど、これはどっちかっていうと……自分のためだ。オレのために来たんだ」
「自分のため?」

 俺はシルーシアの方に身体ごと向けながら尋ねた。
 シルーシアは自嘲気味に笑いながら、こう答えた。

「オレはな、ベルリガウスの野郎に攻め滅ぼされかけた生まれ故郷から人質として差し出されたんだ。生贄……悪く言えば、人柱か」
「ちょっと意味合いが違うんじゃないか?」

 俺が半眼で突っ込むと、シルーシアは舌打ちした。感じ悪すぎるだろ……。

「なんだっていいだろ……そんなもん。とにかく、同族のためとか……そんな大層なことは考えちゃねぇよ」
「はーん」

 そうか……シルーシアについては少し考えを改めなくちゃいけないかもしれない。
 里のためにと言われ、人質として差し出される。つまり、供物とかそんな感じか……あの戦闘マニアのことを考えるとその方がしっくりくる。

「まあ、お前がどんな目的でここにいるのかは別に聞かないけどな。詳しくは」
「そーかよ……あ!別に聞いて欲しいわけじゃねぇからな!?」
「いや、分かってるし……」

 というか、それどこのツンデレだよ。
  と……、

「っ……」
「っ!」

 俺とシルーシアはほぼ同時に反応した。反応したと同時に同じ方向に目を向けた。
 それから最初に言葉を発したのはシルーシアだ。

「視線を感じたな……」
「俺もだ。今の……もしかして例の山賊か?」

 俺が推察して言うと、シルーシアはゆっくりと頷いた。

「おそらくはな……こっちの動きに気付きやがったな。どうするよ?今のは偵察……」

 シルーシアが言い掛けたのを先んじて首を振って制してから俺は言った。

「いや……あの感じだと斥候だろ」
「斥候……?おい、まさか」
「そのまさか……」

 今のが斥候だとしたら……敵はもうすぐそこまで来ている。つまり、夜襲・・だ。
 その事実に気がついたシルーシアは動揺を隠しきれないようで、慌てた感じだ俺に向かって口を開く。

「一体どこでオレ達に気づいたんだ?視線なんて……こっちに来てから一度も感じたことねぇぞ!」
「そう……だな」

 シルーシアの言う通りだ。ここに来た時点で敵が俺たちの存在、討伐隊に気付いていたとしても一体どうやって知った?
 ……相手は吸血鬼種だ。何かの特殊能力か。
 いや、今はそんなことどうでもいい。

「シルーシア。『赤い爪』と『アックス同盟』の面々を叩き起こせ。あと、周辺の警備をしている人達も至急招集」
「なんでオレそんな……」
「早く」
「ちくしょう!」

 シルーシアは叫びつつ、走っていく。
 俺は俺でやることがある。
 俺はまず休息していた兵達を叩き起こし、状況を説明……それからやってきた警備の人達と協力して集落を囲うようにして松明の灯りを全開に点けさせる。
 それから集落の中もこれでもかというくらい松明で明るくさせる。

「大将!灯りは全部点けたぜ!」
「ご苦労様。敵が来るまでそんなに時間はないからね。全員武装したのちに所定の位置に……」

 灯りが倒れて炎が森に広がっても俺ならすぐ様鎮火することが可能だ。
 夜襲してくるとは驚いたが、予想外ではない。それも織り込んで作戦は考えていた。俺は対夜襲用に用意していた作戦を頭に描きながら指示を飛ばす。

「相手は吸血鬼種です。とにかく明るい光には弱い……ついでに火にも弱い。松明が奴らにもっとも効果的な武器です。二人一つで松明を所持し、一人の吸血鬼種相手に必ず二人で対処を」
「手が足りならねぇか大将!?」
「大丈夫。そこは僕がカバーを入れるよ」

 アースに言って、ふと数十人ほどの数の気配がこっちに近づいてくるのを感じた。

「敵が来ました!」

 俺が叫ぶと、全員武器を構えた。


 ※


 昨夜の夜襲による被害はゼロ。
 敵は数人ほど排除することに成功し、不利だと感じたのか敵はすぐに引いていった。

「大将の策が通じたぞ!松明の灯りで目ぇ瞑ってやがった!」
「こっちもだ!本当に火が苦手なんだな……知らなかった!」
「さすが『閃光』だ!」

 なんて褒められたのでちょっとこそばゆい感じだった。
 とにかく夜襲は難なく乗り越えた。というか、思ったよりも弱かったな……吸血鬼種。まさか松明一本だけであそこまで行動を制限できるとは。
 松明の光で目を瞑るし、火を点けられて大慌て。魔族が聞いて呆れた。
 少し危なそうなところを俺がフォローするだけで何事もなく済んでしまった。拍子抜けだった。

「いくら完全対策してたっていってもなぁ……」

 なんだか気構えてただけバカみたいだ。
 兵達も最初こそ自信がなかったが、今回のことで自信をつけたようで士気は充分だった。
 すでに準備は万端である。昨夜の夜襲のお返しに、俺たちはこれから向かおうとしていた。

「じゃあ、仕返しに行きましょう」
「「おぉ!!」」

 ずっと逞しくなった兵達が一斉に掛け声を上げた。



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