一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

「きた……」
 予定通り……エキドナは頬に緊張の汗を一筋流す。ここまでが、予定通りで、作戦通り……ノーラに注意が七割がた向いたこの状態、フォセリオ・ライトエルが比較的動けるようになったこの状態こそが、望んでいた状態。
「最高神官……準備なさい。貴女の出番よ」
「うっ……わ、分かったわ」
 セリーのこのメンバーの中で、恐らく潜在攻撃力でいえば最も高い……だが、セリーは戦闘に不慣れだ。いくら協力な攻撃魔術が使用出来ても、当たらなければ意味がない。
 だが、狙い定めるにしても相手は達人だ。いくらエキドナが支援に回っても、さすがに手に余る。だからこそ、前衛の二人のうちどちからに意識を向けてもらうしかなかった。
(頼んだわよ……ノーラント・アークエイ。貴女の頑張り次第で、勝負が決まるわ)
 エキドナはそう見て、ここが正念場だと考えた。
 バルトナは目の前に立つ剣士に向けて、自分の剣の切っ先を向けた。
「俺がこいつのを相手をする。ゴブリンとジェシカはもう一人を。中衛その援護をしろ」
「わかったさね!」
『ゴォ……』
 ゴブリンとジェシカ……そしてバルトナ達が動き出す。
 バルトナはノーラに向かって剣を横薙ぎに振るい、距離を詰めてくる。ノーラはそれを細剣で防ぎ、鍔迫り合いに。
 エリリーはゴブリンとジェシカの攻撃を受け流しながら少しずつ後退していく。別に攻められて抑えられないわけではない。長引けがそうなるかもしれないが、だが……相性的にはエリリーが有利なのは変わらない。
 エリリーが後退しているのは自陣の後衛……セリーが照準を定められる、つまり射程圏内にゴブリンとジェシカを誘い込んでいるのだ。セリーの攻撃は射程ももちろん長いが、戦闘慣れしていないセリーが長距離攻撃など出来るわけがない。
 できるだけ引きつけ、確実に仕留める……エリリーはまるで防戦一方かのように後退し、二体の死霊の追撃を誘う。
「ははは!ほらほら!攻めなきゃ勝てないさね!」
『ゴォ……これで終わりだ』
「っ!」
 エリリーは今だと言わんばかりに思いっきり後ろに飛び退き、ジェシカとゴブリンの振り下ろし攻撃を避ける。二体の攻撃が地面にた叩きつけられ、地面が抉れて土埃が上がる。視界はゼロ……ゴブリンとジェシカが戸惑っている間に、エキドナがセリーに目配せして魔術を使用させる。
「【セイクリッドレイス】!」
 達人級光属性魔術【セイクリッドレイス】……収束された光の光線が全てを貫く。
 土埃が晴れると同時に照準を合わせたセリーは、光線を指先から放つ。光が駆け、ゴブリンとジェシカの胴体を貫き、強力な光の元素の力を受けて肉体から魂が切り離される。
『ゴォ……っ!』
「ぎゃぁぁぁぁあああ!!」
 燃える。
 ゴブリンとジェシカの身体が燃え上がる。そして、灰塵となって大気に消え失せた。
「やった!」
 エリリーの喜びの声にエキドナとセリーも安堵の息を漏らす。完全なる勝利……だが、戦いはまだ続いていた。
「っ!」
 鍔迫り合いを続けていたバルトナとノーラの均衡が破れた。バルトナがノーラを押し退けて、剣を持っていない左手でノーラの首を掴み……締め上げる。
「あっ……ぐぅ」
 ノーラは何とか外そうとするが、外れない。ノーラの怪力を持ってしてもバルトナの力の方が強かった。否、強くなった。
(そ、んな……こいつ、戦ってる最中にどんどん力が強くなってる……?)
 ノーラは鍔迫り合いで最初は押していたのだ。にも関わらず、何かの影響かバルトナの力がどんどん増していったのだ。
 一体何故?
「ノーラ!」
「しまった」
 エリリーとエキドナの叫び声。だが、ほれも遠退いていく……ノーラの意識が遠退いていく。
「まさか、二体もやられるとはな……まあいいさ。ガーリー、ゲーリー」
「「……」」
 と、それまで名前の呼ばれることのなかった中衛の魔術師……ガーリーとゲーリーがローブの影からバルトナのことを見上げた。
 バルトナは一気に左手に力を込めると……グキッと首の骨を折るようにしてノーラの息を、命を刈り取る。
「っ!!ノーラァ!!!」
 エリリーよ悲鳴にも似た絶叫、思わずセリーは口元を抑えた。
「そんなっ……」
 エリリーはゆっくりとノーラに……ノーラを殺したバルトナに近づく。そして、何かが爆発したように突っ込んだ。
「このっ!」
 剣を振り上げ、バルトナに切り掛かる。エキドナの制止の声も振り切って、親友を、ライバルを殺された怒りに任せて剣を振るう。
「待ちなさいって」
 エキドナが寸前で【念動力】を発動してエリリーを止めてバルトナから距離を離す。だが、エリリーが止まることはない。
「邪魔……しないでよっ!」
「落ち着きなさい!怒りに任せても、状況が変わるわけじゃないでしょ!?」
「そんなことどうでもいい!あいつ殺す!!絶対許さない!!!離して!」
「っ」
 セリーは何とか出来ないものかと思考を巡らせるが、傷は治せても死者を生き返らせる力は……自分にはないと、嘆く。
「ふむ」
 バルトナは詰まらなそうに頷くと、ただの屍となったノーラを放る。それ見て、さらにエリリーが激昂した。
「うぅ……あぁぁぁぁぁぁ!!」
 暴れるエリリーを止めているエキドナは、いい加減にしろとツカツカエリリーに近寄って、その頬に平手打ちを放った。
 パチンと音が響く。呆然とするエリリーにエキドナが怒鳴った。
「喚くんじゃないわよ!!いい加減にっ」
 エキドナが何とかエリリーを正気に戻そうとしたところで、もちろんバルトナがそれを許す筈がない。バルトナはガーリーとゲーリーに指示を飛ばし、雷の槍を作らせる。
 熟練級雷属性魔術【ライトニングスピア】……槍の形状をしたそれを、バルトナは左手に掴むと、それをセリー達に向かって投擲した。
「ぬんっ!!」
 ズガーンと雷鳴を轟かせて進むそれは、大気を裂いて、ただ一直線に進む。
「っ!」
 エキドナは直感的に不味いと分かったが、遅かった……雷属性の攻撃は全て速い。エキドナの反応速度では、放たれた時に反応しても間に合わない。
 死……。
 エキドナが目を見開き、【ライトニングスピア】が届くまでの永遠のように感じる時を……死を待つ。
 そんな中、エキドナの視界を遮るように……否、エキドナやエリリーを守るようにして両手を広げて前に、セリーが躍り出た。
 セリーはエキドナと違い、バルトナを見ていた。だから、バルトナが投擲する直前に動けた……ここで魔術を使わなかったのは【ライトニングスピア】が、セリーが防御魔術を発動させるよりも速く届くと理解したからではない。セリーは戦闘に慣れていない……そんな咄嗟の判断は出来ない。
 しかし、この場ではもっとも最善な判断だった。
「っ!」
 バルトナは【ライトニングスピア】が直撃したセリーを見て目を見開く。貫通力の高いこの魔術で、セリーが貫けなかったからだ。
【ライトニングスピア】は、セリーの身体に触れる前……何かに遮られるようにして止まったのだ。轟音と衝撃が走る……だが、セリーは引かない。
「くっ」
 セリーは表情を苦悶の色に染める。
【ライトニングスピア】を止めているのは、セリーの纏う強力な光の元素特性を持つ神気だ。拒絶の力が、神気を纏うセリーを守っているのだが……完全に衝撃を殺しているわけではない。そのダメージは確実にセリーに蓄積されていく……。
「ぐあっ……」
【ライトニングスピア】が消えると同時に、セリーが崩れ落ちる。エリリーやエキドナが受けていれば、なんてことのないダメージではあった……しかし、戦闘に不慣れなセリーの身体は少しのダメージで悲鳴を上げる。
「最高神官!」
 エキドナの叫び声に、セリーはもはや答えられない。それほどの疲労……。
「ぐっ、大丈夫よ。し、暫くすれば回復するわ」
 確かにセリーは戦闘に不向きな非力さであるが、やはり神官としての力はずば抜けている。事実、セリーの身体からはドンドン疲労やダメージが抜けている。だが、そんな時間をバルトナが与える筈がない。
「驚いた……が、それもそこまでだな」
 バルトナは後ろにいるガーリーとゲーリーに再び指示を出して、今度は二本……【ライトニングスピア】を作らせた。
「も、もう……」
 ダメかもしれない……今度こそ。エキドナは頭をフル回転させる。セリーは暫く動けまい。エリリーは完全に沈黙……魂が抜けたようになっている。【メンタルバリア】で【ソウルソーサリー】の精神支配を受けないとはいえ、ここまで乱れればその影響を受けてしまい兼ねない。ノーラは恐らく……もう。
(どうする?どうすればいいの?ご主人様……)
 エキドナは驕っていた……自分の主人と同じように、自分も沢山の知識を持っていて、それを活かせると。より高次元に至れると……だが、グレーシュのような戦い方は出来なかった。あんな風に、知識の引き出しを秒で開いて、さらにはそこから未来予知に相当する分析力と洞察力……そして、培った知識や技術を上手く扱う資本の身体……全てが努力によって積み上げられた結晶だ。魔術の才能にかまけていた自分とは違う……。
(そんな……エキドナは……エキドナは……)
 もっと知りたかっただけだった。
(どうすれば……)
【ライトニングスピア】はバルトナの膂力によって、その貫通力……威力が増している。例え、エキドナの【念動力】を持ってしても防ぐのは困難。だが、それでも……。
(諦められるわけないじゃない……)
 やっと見つけたエキドナの知識欲を満たしてくれる主人……その主人が自分に与えた使命を全うせずして、どうしてこの知識欲が満たされようか。
「さらばだ」
 ビリリっと【ライトニングスピア】が輝くと同時に、二本の雷の槍をバルトナは投擲した。
「【念動力】!」
 エキドナは自身の持つ魔力の全てを注ぎ込んで、それを防ぐために動く。
【念動力】で抑えられた【ライトニングスピア】……だが、推進力は失わず【念動力】の防壁を突破しようと雷鳴を響かせる。
「ぬぅ……くっ」
 エキドナの触手がピンっと張る。筋肉が痙攣し始める。魔力枯渇だ。
「こんな、ところで……っ」
 次第に押され始め、エキドナの意識も朦朧とし出す。【念動力】に注ぎ込んだ魔力が、無くなろうとしていた。
 そして、【ライトニングスピア】の一本目が消えたと同時に【念動力】が消え、エキドナは全身から血を吹き出して膝から崩れる。
「かっ……」
 触手がバサリと全て落ち、エキドナは身体を地面に打ち付ける。ハッキリとしない意識、ごわんごわんと聞こえる耳鳴りの中で、近づいてくる死に目を閉じる。
 と、次の瞬間……感覚の麻痺したエキドナでも分かるくらいの強い衝撃にエキドナは目を開け、そして驚愕した。
「な、んで……」
 ボヤける視界の中で、確かに見えた。茶色の短髪をした女性の後ろ姿……二つに括った襟足が蛇の頭になっており、その女性の頭部には山羊のような角が生えており、下半身は山羊のそれだった。
 爪は鋭く強靭に伸びている。瞳は獲物を狙う肉食動物のそれで、視線はバルトナに固定されていた。
 ユラリと風に靡いた短髪は、どこか鬣を彷彿させる。
「あ、なた……は」
 エキドナが喉から声を絞り出す。
 エキドナのまえに現れた人物は……先ほど、バルトナによって殺された筈のノーラ・・・だった。
 だが、説明した通り……ノーラは先ほどまでとは姿形がまるで異なる異形な姿をしている。鎧も着ておらず、少し目のやり場に困るような格好で、上は破けた黒のアンダーシャツが一枚と下は履いていない。山羊の下半身へと変化しているためか、こちらは別に言い淀むことなどはないが、それでも魅惑的な身体をつきをしているのは事実だ。
 バルトナは死霊の身となってそのようなことに一切興味がらなくなっていたはずであったが……ノーラのそのような姿につい見惚れてしまった。
「むぅ……この俺が見惚れるとは。美しい……本当に。強者の、姿だ」
 バルトナの賞賛にはたして反応したのか、異形の姿と成り果てたノーラは地面を割るほどの膂力で蹴ると、バルトナに接近して拳を鎧の上から叩き込む。
「ごふぁっ!?」
 バルトナは反応できず、何も出来ないままノーラの打撃を受けて吹き飛ぶ。
「「っ!!」」
 ガーリーとゲーリーがそれを巻き込まれ、三体が遠くに見える山まで吹き飛ばされた。
 そして、三体が山へ激突すると同時に衝撃がエルカナフまで轟くと、山に巨大な穴が空いた。
 バルトナ達は恐らく、その一撃で絶命したと思われた。それほどの一撃……だった。
「…………」
 風に靡く鬣を、抑えもせずに立つその姿は、まるで百獣の王……シャーと鳴く襟足の二頭の蛇と、頭部の角が光、まさに完成する出で立ち。


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