一兵士では終わらない異世界ライフ
八番
※
あたしが治療を始めて暫く、あたしの感覚でだが大分呪いの除去をすることができた。
少しずつだが、陛下の顔色がよくなっている。
これなら……。
あたしは、呪いの全てを消し去ろうと最後まで治療し……そして、終えた。
「ち、治療が終わりました……どうでしょうか?」
「む……うむ。苦痛が……消えた」
「陛下っ」
と、アルバスさんやメイドさんが嬉しそうに陛下をお呼びすると、二人を安心させるように陛下はベッドから起き上がった。
「あぁ!ベッドから起き上がって大丈夫なのでございますか!?」
「む……あぁ。問題ないようだ」
「あぁ、陛下……」
ふぅ……どうやら呪いを除去できたようだ。よかった……。
暫く、三人であれやこれやと話していると陛下があたしに目を向けて言った。
「うむ……よい働きをしてくれたな、エフォンス。どうだ?養子として王家に」
「え」
思わず硬直した。いや、普通なら王家の養子など大喜びで狂喜乱舞ものだが……あたしはそんなことを望んでいるわけでもないし、なにか欲しいものがあったから陛下をお助けしたわけでもない。
あたしが慌てて何か言おうとすると、陛下はうっすらとした笑みを浮かべた。陛下も大分お年ではあるが、その笑顔は少し若く見える。
「いや、なに冗談だ。君みたいな良き子をバカ息子らの嫁にくれてやるつもりはない……この国を去らなければ、今の所はな」
「は、はい」
つまり、他国にいくようなら何かしらの方法であたしを繋ぎとめようと言うのだろうか。そこまで自分に価値があるとは、思えない……。
「しかし、褒美をやらんとな。何か欲しいものがあるのなら、なんでもいいなさい。君はそれだけのことを私に、この国にもたらした」
「そ、そんな……あ、ありがたく思います」
王族の方の冗談は非常に心臓に悪い……。
「しかし、我が身の病が呪いだったとはな……犯人の目星はついているがな」
「やはり……」
「うむ……」
と、なにやら話の雲行きが怪しくなってきた。これは、果たしてあたしが聞いてもいい話なのだろうか。いや、そんなわけがない。早々に立ち去らなければと、あたしが手を挙げたところで……なにやら廊下の方がドタバタと騒がしくなった。
「む?何事だ」
陛下がそう呟くと同時に、廊下の喧騒が止んだ。それはもう不自然なほどに。
「なにが……」
今度はあたしが呟くと、陛下の部屋にも関わらずにノックもせずに誰かが扉を開けて入ってきた。
「ふむ……いや、突然失礼するよ」
「何者ですかな」
あたしの前にアルバスさんが立ち、警戒しながら入ってきた謎の人物に問いかけた。
その人物はローブを着ており、髪はとても長い。さっき放った声から、この人もまた歳をとった男性だろうと判断できた。
「ふむ……少し忙しい時にきたかね?まあ、我らには関係はないが」
「一人で勝手に話を進めないでいただきましょう、侵入者。ここで直ぐに首をおとしてもっ!?」
アルバスさんがどこからか、剣を取り出してそれをローブの男性の首に突き付けたと思ったら、アルバスさんの身体が宙に浮いていた。
「いや、失礼。君には用がない。私は、イガーラ国王に用がある。ちなみに、聞かれる前に答えるが兵どもは倒した。用件だけ、私は手短に話したい」
アルバスさんも、メイドさんも動けない中で、あたしが動けるわけがなかった。
「用件はなんだ」
国王陛下は全てを理解して、ローブの男性に尋ねた。ローブの男性はそれに頷いて言った。
「私は魔術協会の協議会八番の議席を持つ者。我々魔術協会は、教会の古い支配を打破し、新時代を築くために世界各国で同時多発的に、ある交渉を行っている」
「魔術協会……が、交渉だと?」
「ふむ……」
ローブの男性は、窓の外を見るように促す。国王陛下も、あたしも窓の外を見ると思わず眼を見張る光景が、視界に映った。
「あ、れは……」
「熟練級地属性魔術【マウンテンプレス】……イガーラ国王よ。あなたの答え次第では、あれが落ちることになる」
「脅しか」
「とんでもない……。さて、現状を把握してもらったところで交渉だ」
ダメだ、あたしは話についていけない。頭がこんがらがっている。魔術協会って、たしか世界各地の魔術師を束ねている組織だったはず。それが、どうしてこんなことを。
ここへはそもそもどうやって来たのだろう。たしか、魔術には瞬間移動できるものが……それを使って?しかし、この王宮はそういったものを阻止するために王宮魔術師達がなにがそういう阻害魔術を用意していると聞いたことが……。
「我々は全世界に機械化政策を打ち出した。これは新時代に必要なものだ……なに、ただ古き教会支配を排するだけだ。あとは、このあたり一帯の森やらなにやらを焼き払う。それだけで、この国に大きな繁栄をもたらす。そんな難しいことではない」
「魔導機械……か。あれは、バニッシュベルトの……まさか」
「えぇ、御察しの通り」
「そうか……あの悪魔の産物は貴様らのものだったか」
「悪魔の産物とは……失礼だ」
「あれのせいで、バニッシュベルトはどうなった?あの周辺は豊かな森や湖があったそうだ……それが、あの有様だ」
バニッシュベルト帝国の周辺は荒野が広がっている。それは、魔導機械の影響だと言われている。
「弱肉強食の支配を消した。新しい支配の前に、古い体制が消えるのは当然のこと。そうだろう?」
「その考え方が国を滅ぼす。そんなことも分からないのか」
「拒むなら、それはそれで構わんがね。あれを落としてもいいのなら……」
そういって、八番という男性は窓の外を指し示す。陛下は額に汗を浮かべ、唸る。
あたしはこの場に偶々居合わせてしまった、ただの一般人。頭の中は混乱の極みだ。だが、一つだけ確かなことがある。これは……これはあまりにも酷すぎる。
全く話についていけていないあたしでも、こんな風に脅して何かやることがいいこととは思えない。なによりも、あんな大きな岩を落とされては、多くの人が……それは、酷すぎる。許せない。
徐々に、あたしの中に怒りの炎が燃え上がって来た。
「何をさせたいのか……どんな話なのかなんて、あたしには分からないけど……」
ポツリと呟いた声だったが、この部屋の中で余裕のある八番という人には聞こえたようで、首を傾げた。
「あぁ……そういえば、君はなんだね?執事やメイドには見えないが……治療魔術師か」
いや、そんなあたしのことなんてどうでもいい。ただ、あたしは誰かの役に立ちたい。八年前のように何もできないずに、泣いて泣いて、泣き暮らして、ただ悲しむだけの役立たずの、お姉ちゃんじゃない。そんななの、もう卒業した。
「あたしは、王宮治療魔術師……ソニア・エフォンス」
あたしがそう名乗ると、八番はピクリと眉を動かした。
あたしは知っている。自分自身の価値を。
あたしは知っている。エキドナさんが教えてくれた。
エキドナさんは、あたしの力の大きさや立場を指摘し、他国から、そして他勢力から狙われる立場にいると教えた。本当に、こんなあたしにそんな価値があるなどと思えなかったが……。
エキドナさんはあたしに危機感を与えたかったのだろう。無防備にはさせたくなかった。だから、グレイがあたしに言わなかったことを言った。
今あたしは、そのことを知っていてよかったと思う。八番の反応を見て、あたしは確信した。
「そうか……君が。噂は聞いていたが、そうか……実在しているのか」
八番は頭を抑えた。
「ならば、君は我々の敵ということになるな」
そう、冷たい言葉が投げられた。
敵……?
と、あたしが何のことか分からず疑問を持ったところで突然頬を平手で張られたかのような衝撃が走った。
「っつー!?」
「むっ」
よろめき、思わずたおれそうになったが踏ん張って立ち続けた。それから、八番に目を向けると驚いたように目を見開いている姿が、視界に入った。
「まさか……本気で殺そうと思ったのだが……それが加護の力だというのか?……これは、化け物だな……」
戦慄していると言ってもいいほど、八番は驚いていた。いや、そんなことより今あたしは殺されかけたのだろうか。加護の力が、あたしを、この身に纏っている神気があたしを護ってくれた?
その後、数回ほどさっきの衝撃が身に走る。だが、この程度の苦痛なら耐えられた。
 
「【念動力】では、ダメージはあまりないのか……。とはいえ、君自体に何かができるようにも思えんな」
「……くっ」
気付かれた。
「君はそこで大人しくみていなさい。後で、ゆっくりと、相手をしよう」
「さ、せない!」
あたしは、陛下を守るように前に躍り出る。後ろから、陛下の声が聞こえたが……あたしは無視した。
「邪魔だ。神の半身よ……君に何ができる?」
神の……半身?
いや、そんなことより今は……。
「か、身体を張るくらいはできる!こんなこと絶対おかしい!あんな岩で脅して!森を焼き払うんなんて……絶対おかしい!」
あたしの理屈もなにもない、ただの感情の訴えに対して、八番はそれを一蹴するように笑った。
「は、偽善者だな。まるっきり。森を焼き払うことのなにが問題だ?生き物が生きているからか?バカなことを……我々はそれを殺して暮らしているはずだが?」
「違う……あたし達は、その命を借りて生きているの。そしてあたし達が死ぬ時、あたし達の命もまた地に還る」
「神聖教の戯言みたいな教えなんて、聞いてはいない。所詮は同じことだ」
「全然違う!」
このまま言い争っても不毛。どちらの意見も平行線だ。だが、それで時間を稼げれば……もしかすると。
「小娘の下らん話に付き合っている暇はない……たしかに、私はどうやら君を傷つけることはできないようだが」
そういって八番は、空中に浮かせたままのアルバスに目を向ける。
「あ」
そこであたしは八番が何をしようとしているのかに気がついた。
「君でなければ、私は簡単に殺すことができる」
「だ、ダメ!!」
あたしが叫ぶと同時に、アルバスが苦しみだす。だが、直ぐにその苦しむ声も聞こえなくなった。アルバスが何かの力の支えを失ったように床に落ちたのだ。死んだわけではない、アルバスは生きている。
八番に目を向けると、八番は驚いていた。それはもう、目を一杯に見開いて……あたしの目の前に立つ人物を見て。
「あらあら、魔術協会の協議会議員八番さんじゃない?こんならところで奇遇ね?」
「お前は……エキドナっ」
そう、あたしの目の前にいるのは触手をウネウネとさせた青色の肌を持つ……グレイの、そしてあたしの友達っ。
「エキドナさん!」
「ごめなさいね、ソニアちゃん。あぁ、今はご主人様がいないから素でいいわよね?」
「うん!うん!」
「うふふ、ありがと」
エキドナさんはそう言って、あたしを安心させるように微笑んだ。それから八番へ冷たい視線を向ける。
「ご主人様の言う通りに戻ってきて正解ね……まさか、転移魔術で直接殴り込むなんて、いつから協会はそんな野蛮になったのかしらね?」
「……エキドナ。この女狐め……バートゥの飼い犬だったはずだが?」
「あんな男程度で、このエキドナを満足させられると?笑わせないで欲しいわね」
エキドナさんが嘲るように笑うと、八番の顔が歪んだ。知り合い……なのだろうか。
「というか狐なのか、犬なのか、はっきりさせたら?」
「ちっ」
八番はエキドナさんのペースに乗せられないようにか、舌打ちしただけで何も言い返さなかった。それを見て、エキドナさんは口元を手で隠し、クスクスと笑う。
「舌打ち?あら、やだわ……根暗が移っちゃうから」
「っ!」
「ほら、あの頃のあなたを思い出して?あんなにも必死になって……」
「お前っ!」
八番は声にならない怒りを表した。何か昔、あったのだろう……聞きたくない。なんだか、あたしにはまだ早いような気がした。
「さて、無駄話もこの辺で……八番。覚悟なさい」
「はっ、随分と上から目線だ。昔の私とは違うのだ」
二人の間に魔力の高まりを感じる。まさか、こんなところで達人同士が戦うというのだろうか。そんなことになれば、下手したら国が、街が……それくらいのことはあたしにでも分かった。
「エキドナさん!」
あたしが叫ぶと、エキドナさんは心得ているように微笑んだ。
「大丈夫よ……あとはエキドナに任せてちょうだい」
「は、はい……」
そのあと、あたしは何も言わなかった。
あたしが治療を始めて暫く、あたしの感覚でだが大分呪いの除去をすることができた。
少しずつだが、陛下の顔色がよくなっている。
これなら……。
あたしは、呪いの全てを消し去ろうと最後まで治療し……そして、終えた。
「ち、治療が終わりました……どうでしょうか?」
「む……うむ。苦痛が……消えた」
「陛下っ」
と、アルバスさんやメイドさんが嬉しそうに陛下をお呼びすると、二人を安心させるように陛下はベッドから起き上がった。
「あぁ!ベッドから起き上がって大丈夫なのでございますか!?」
「む……あぁ。問題ないようだ」
「あぁ、陛下……」
ふぅ……どうやら呪いを除去できたようだ。よかった……。
暫く、三人であれやこれやと話していると陛下があたしに目を向けて言った。
「うむ……よい働きをしてくれたな、エフォンス。どうだ?養子として王家に」
「え」
思わず硬直した。いや、普通なら王家の養子など大喜びで狂喜乱舞ものだが……あたしはそんなことを望んでいるわけでもないし、なにか欲しいものがあったから陛下をお助けしたわけでもない。
あたしが慌てて何か言おうとすると、陛下はうっすらとした笑みを浮かべた。陛下も大分お年ではあるが、その笑顔は少し若く見える。
「いや、なに冗談だ。君みたいな良き子をバカ息子らの嫁にくれてやるつもりはない……この国を去らなければ、今の所はな」
「は、はい」
つまり、他国にいくようなら何かしらの方法であたしを繋ぎとめようと言うのだろうか。そこまで自分に価値があるとは、思えない……。
「しかし、褒美をやらんとな。何か欲しいものがあるのなら、なんでもいいなさい。君はそれだけのことを私に、この国にもたらした」
「そ、そんな……あ、ありがたく思います」
王族の方の冗談は非常に心臓に悪い……。
「しかし、我が身の病が呪いだったとはな……犯人の目星はついているがな」
「やはり……」
「うむ……」
と、なにやら話の雲行きが怪しくなってきた。これは、果たしてあたしが聞いてもいい話なのだろうか。いや、そんなわけがない。早々に立ち去らなければと、あたしが手を挙げたところで……なにやら廊下の方がドタバタと騒がしくなった。
「む?何事だ」
陛下がそう呟くと同時に、廊下の喧騒が止んだ。それはもう不自然なほどに。
「なにが……」
今度はあたしが呟くと、陛下の部屋にも関わらずにノックもせずに誰かが扉を開けて入ってきた。
「ふむ……いや、突然失礼するよ」
「何者ですかな」
あたしの前にアルバスさんが立ち、警戒しながら入ってきた謎の人物に問いかけた。
その人物はローブを着ており、髪はとても長い。さっき放った声から、この人もまた歳をとった男性だろうと判断できた。
「ふむ……少し忙しい時にきたかね?まあ、我らには関係はないが」
「一人で勝手に話を進めないでいただきましょう、侵入者。ここで直ぐに首をおとしてもっ!?」
アルバスさんがどこからか、剣を取り出してそれをローブの男性の首に突き付けたと思ったら、アルバスさんの身体が宙に浮いていた。
「いや、失礼。君には用がない。私は、イガーラ国王に用がある。ちなみに、聞かれる前に答えるが兵どもは倒した。用件だけ、私は手短に話したい」
アルバスさんも、メイドさんも動けない中で、あたしが動けるわけがなかった。
「用件はなんだ」
国王陛下は全てを理解して、ローブの男性に尋ねた。ローブの男性はそれに頷いて言った。
「私は魔術協会の協議会八番の議席を持つ者。我々魔術協会は、教会の古い支配を打破し、新時代を築くために世界各国で同時多発的に、ある交渉を行っている」
「魔術協会……が、交渉だと?」
「ふむ……」
ローブの男性は、窓の外を見るように促す。国王陛下も、あたしも窓の外を見ると思わず眼を見張る光景が、視界に映った。
「あ、れは……」
「熟練級地属性魔術【マウンテンプレス】……イガーラ国王よ。あなたの答え次第では、あれが落ちることになる」
「脅しか」
「とんでもない……。さて、現状を把握してもらったところで交渉だ」
ダメだ、あたしは話についていけない。頭がこんがらがっている。魔術協会って、たしか世界各地の魔術師を束ねている組織だったはず。それが、どうしてこんなことを。
ここへはそもそもどうやって来たのだろう。たしか、魔術には瞬間移動できるものが……それを使って?しかし、この王宮はそういったものを阻止するために王宮魔術師達がなにがそういう阻害魔術を用意していると聞いたことが……。
「我々は全世界に機械化政策を打ち出した。これは新時代に必要なものだ……なに、ただ古き教会支配を排するだけだ。あとは、このあたり一帯の森やらなにやらを焼き払う。それだけで、この国に大きな繁栄をもたらす。そんな難しいことではない」
「魔導機械……か。あれは、バニッシュベルトの……まさか」
「えぇ、御察しの通り」
「そうか……あの悪魔の産物は貴様らのものだったか」
「悪魔の産物とは……失礼だ」
「あれのせいで、バニッシュベルトはどうなった?あの周辺は豊かな森や湖があったそうだ……それが、あの有様だ」
バニッシュベルト帝国の周辺は荒野が広がっている。それは、魔導機械の影響だと言われている。
「弱肉強食の支配を消した。新しい支配の前に、古い体制が消えるのは当然のこと。そうだろう?」
「その考え方が国を滅ぼす。そんなことも分からないのか」
「拒むなら、それはそれで構わんがね。あれを落としてもいいのなら……」
そういって、八番という男性は窓の外を指し示す。陛下は額に汗を浮かべ、唸る。
あたしはこの場に偶々居合わせてしまった、ただの一般人。頭の中は混乱の極みだ。だが、一つだけ確かなことがある。これは……これはあまりにも酷すぎる。
全く話についていけていないあたしでも、こんな風に脅して何かやることがいいこととは思えない。なによりも、あんな大きな岩を落とされては、多くの人が……それは、酷すぎる。許せない。
徐々に、あたしの中に怒りの炎が燃え上がって来た。
「何をさせたいのか……どんな話なのかなんて、あたしには分からないけど……」
ポツリと呟いた声だったが、この部屋の中で余裕のある八番という人には聞こえたようで、首を傾げた。
「あぁ……そういえば、君はなんだね?執事やメイドには見えないが……治療魔術師か」
いや、そんなあたしのことなんてどうでもいい。ただ、あたしは誰かの役に立ちたい。八年前のように何もできないずに、泣いて泣いて、泣き暮らして、ただ悲しむだけの役立たずの、お姉ちゃんじゃない。そんななの、もう卒業した。
「あたしは、王宮治療魔術師……ソニア・エフォンス」
あたしがそう名乗ると、八番はピクリと眉を動かした。
あたしは知っている。自分自身の価値を。
あたしは知っている。エキドナさんが教えてくれた。
エキドナさんは、あたしの力の大きさや立場を指摘し、他国から、そして他勢力から狙われる立場にいると教えた。本当に、こんなあたしにそんな価値があるなどと思えなかったが……。
エキドナさんはあたしに危機感を与えたかったのだろう。無防備にはさせたくなかった。だから、グレイがあたしに言わなかったことを言った。
今あたしは、そのことを知っていてよかったと思う。八番の反応を見て、あたしは確信した。
「そうか……君が。噂は聞いていたが、そうか……実在しているのか」
八番は頭を抑えた。
「ならば、君は我々の敵ということになるな」
そう、冷たい言葉が投げられた。
敵……?
と、あたしが何のことか分からず疑問を持ったところで突然頬を平手で張られたかのような衝撃が走った。
「っつー!?」
「むっ」
よろめき、思わずたおれそうになったが踏ん張って立ち続けた。それから、八番に目を向けると驚いたように目を見開いている姿が、視界に入った。
「まさか……本気で殺そうと思ったのだが……それが加護の力だというのか?……これは、化け物だな……」
戦慄していると言ってもいいほど、八番は驚いていた。いや、そんなことより今あたしは殺されかけたのだろうか。加護の力が、あたしを、この身に纏っている神気があたしを護ってくれた?
その後、数回ほどさっきの衝撃が身に走る。だが、この程度の苦痛なら耐えられた。
 
「【念動力】では、ダメージはあまりないのか……。とはいえ、君自体に何かができるようにも思えんな」
「……くっ」
気付かれた。
「君はそこで大人しくみていなさい。後で、ゆっくりと、相手をしよう」
「さ、せない!」
あたしは、陛下を守るように前に躍り出る。後ろから、陛下の声が聞こえたが……あたしは無視した。
「邪魔だ。神の半身よ……君に何ができる?」
神の……半身?
いや、そんなことより今は……。
「か、身体を張るくらいはできる!こんなこと絶対おかしい!あんな岩で脅して!森を焼き払うんなんて……絶対おかしい!」
あたしの理屈もなにもない、ただの感情の訴えに対して、八番はそれを一蹴するように笑った。
「は、偽善者だな。まるっきり。森を焼き払うことのなにが問題だ?生き物が生きているからか?バカなことを……我々はそれを殺して暮らしているはずだが?」
「違う……あたし達は、その命を借りて生きているの。そしてあたし達が死ぬ時、あたし達の命もまた地に還る」
「神聖教の戯言みたいな教えなんて、聞いてはいない。所詮は同じことだ」
「全然違う!」
このまま言い争っても不毛。どちらの意見も平行線だ。だが、それで時間を稼げれば……もしかすると。
「小娘の下らん話に付き合っている暇はない……たしかに、私はどうやら君を傷つけることはできないようだが」
そういって八番は、空中に浮かせたままのアルバスに目を向ける。
「あ」
そこであたしは八番が何をしようとしているのかに気がついた。
「君でなければ、私は簡単に殺すことができる」
「だ、ダメ!!」
あたしが叫ぶと同時に、アルバスが苦しみだす。だが、直ぐにその苦しむ声も聞こえなくなった。アルバスが何かの力の支えを失ったように床に落ちたのだ。死んだわけではない、アルバスは生きている。
八番に目を向けると、八番は驚いていた。それはもう、目を一杯に見開いて……あたしの目の前に立つ人物を見て。
「あらあら、魔術協会の協議会議員八番さんじゃない?こんならところで奇遇ね?」
「お前は……エキドナっ」
そう、あたしの目の前にいるのは触手をウネウネとさせた青色の肌を持つ……グレイの、そしてあたしの友達っ。
「エキドナさん!」
「ごめなさいね、ソニアちゃん。あぁ、今はご主人様がいないから素でいいわよね?」
「うん!うん!」
「うふふ、ありがと」
エキドナさんはそう言って、あたしを安心させるように微笑んだ。それから八番へ冷たい視線を向ける。
「ご主人様の言う通りに戻ってきて正解ね……まさか、転移魔術で直接殴り込むなんて、いつから協会はそんな野蛮になったのかしらね?」
「……エキドナ。この女狐め……バートゥの飼い犬だったはずだが?」
「あんな男程度で、このエキドナを満足させられると?笑わせないで欲しいわね」
エキドナさんが嘲るように笑うと、八番の顔が歪んだ。知り合い……なのだろうか。
「というか狐なのか、犬なのか、はっきりさせたら?」
「ちっ」
八番はエキドナさんのペースに乗せられないようにか、舌打ちしただけで何も言い返さなかった。それを見て、エキドナさんは口元を手で隠し、クスクスと笑う。
「舌打ち?あら、やだわ……根暗が移っちゃうから」
「っ!」
「ほら、あの頃のあなたを思い出して?あんなにも必死になって……」
「お前っ!」
八番は声にならない怒りを表した。何か昔、あったのだろう……聞きたくない。なんだか、あたしにはまだ早いような気がした。
「さて、無駄話もこの辺で……八番。覚悟なさい」
「はっ、随分と上から目線だ。昔の私とは違うのだ」
二人の間に魔力の高まりを感じる。まさか、こんなところで達人同士が戦うというのだろうか。そんなことになれば、下手したら国が、街が……それくらいのことはあたしにでも分かった。
「エキドナさん!」
あたしが叫ぶと、エキドナさんは心得ているように微笑んだ。
「大丈夫よ……あとはエキドナに任せてちょうだい」
「は、はい……」
そのあと、あたしは何も言わなかった。
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