一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

色欲の魔王と……

 –––バニッシュベルト帝国・帝都–––


 ベルリガウス・ペンタギュラス亡き後……次の将軍位を継ぐ者を巡って起こった内乱が帝都であった。だが、この内乱は他のどこの国にも知られずに収まることとなる……その内乱を収めた張本人こそが、アスカ大陸のアスモ領を治める魔王ゼフィアン・ザ・アスモデウス一世である。受け継いでいくものである魔王の名を今でも名乗る古参な魔王……そんな彼女は、持ち前の色魔サキュバスとしての力で男を次々と籠絡していき、こうして帝国を支配するに至った。
 やはり、魔王の冠は伊達ではなかった。
「さぁて……次はどうしようかしらねぇ……」
 できれば、あまりイガーラ王国には関わり合いたくなかった。ここまで何度もなんども、イガーラ王国の少年……グレーシュ・エフォンスに遮られ続けている。いっそ、籠絡してしまおうかと考えるが……男嫌いな身の上としてはあまり取りたい手法ではないし、その上ゼフィアンに魅了されるとは思えなかった。
 グレーシュ・エフォンスの精神力は異常だ。
思念感知サイコメトリー】で感じたベルリガウス戦時のグレーシュ・エフォンスは、そんな感じの印象を受けた。
 ゼフィアンは今では自分のものとなった将軍の執務室の椅子に深く座り込む……もう何度目か分からないくらいこのような椅子に座っている。
 魔王となってアスモ領を統治し、【ゼロキュレス】の悲願のために何度も国を落として奪って……かれこれ何百年と続くこのループもそろそろ終わりを迎えようとしていた。
 ゼフィアンは懐から一冊の本を取り出す。真っ黒な包装のそれには、表紙に題名がポツリと記載されているだけ……『ゼロキュレス』という記載がされているだけだった。
 それを開いてでてくるのは、【ゼロキュレス】に関しての記載……【ゼロキュレス】の全てだ。
 表紙を捲れば、文字がある。それを暫く眺めてからゼフィアンは何ページか捲り……そして白紙のページのところで止めた。
「…………やはり、まだ」
 最初は、この本を手に入れたときは全てが白紙だった。白紙の魔本……禁忌の魔本。
 だが、いつからだったか……白紙のページに文字が現れ始めたのだ。
 年を追うごとに読めるページは増えていき……今では【ゼロキュレス】について半分ほどの知識をゼフィアンは有していた。
【ゼロキュレス】……億の命分の魔力を使って発動する、世界改変魔術。今までの世界を無にし、新しく世界を創造改変する神話の魔術。神々に振るうことが許された魔術。
 最初こそ、ゼフィアンは世界を無にするという記述のみで動いていたゼフィアンだが……記述が増えるごとにゼフィアンはこの【ゼロキュレス】の虜となっていた。自分の悲願の達成まで……残る命は五百万。
「もうすぐねぇ……もうすぐよぉ。エーリカ……」
 エーリカ……儚く紡いだその名前は、まるで風に攫われるようにして霞んで、消えた。


 –––☆–––


 ゼフィアンは本を閉じて、再び懐へしまってから執務室を出る。すると、ゼフィアン付きの侍女が待っており、ゼフィアンが移動すると同時にその後ろを追って歩く。
 帝都の中央……ゼフィアンの現在住んでいる城には、もちろん女性しかない働いていない。中には男もいるが、それはゼフィアンが手駒としての使えそうだと思った極一部だけである。
 ゼフィアンはタンッタンッとヒールの踵を鳴らして優雅に歩く。その姿に侍女達は恍惚とした表情をゼフィアンに送った。
「やっぱり、女の子はいいわね」
 ゼフィアンはそう呟きながら、城の地下へと向かい……地下牢にある拷問部屋へとやって来た。付き従っていた侍女は地下にいく手前で待たせた。
 ゼフィアンがここに来た理由……それは拷問部屋に拘束していた人物に会うためだった。
「うふふ……こんにちは、シオンちゃん?元気かしらぁ?」
 嬉々としたゼフィアンの声に、シオンと呼ばれた少女は薄暗い拷問部屋の中で瞳を開く。
 髪は汚れてはいるが、とても綺麗な黒髪で短く切り揃えられている。長い睫毛で、黒い瞳はしっかりと強い光持ってゼフィアンを写していた。
「ゼフィアン……も、もう私……あなたに会いたくないよ……」
「うふふ……寂しいことを言わないで欲しいわぁ……。こんなにも私は貴女を求めているのに、シオンは私を受け入れてくれない……私の魅了を受け付けず、それでいてとてつもない力を持つ貴女のことが私は欲しい……どう?私の仲間にならないかしらぁ?」
「断る……って、言ってるじゃない。私が仕えていたのはベルリガウス様なんだからっ」
 強い意志で抵抗するシオン……それでもゼフィアンは諦めない。
「ふぅ……ベルリガウスのどこがそんなにいいのかしらねぇ?」
「ベルリガウス様は……やりすぎることもあるけれど、不器用で優しいいの方よ。ただ、あの人は戦うことでしか、人とコミュニケーションが取れないだけなのよ」
「よく分からないわぁ。ますます、どうしてそこまで忠誠を誓っているのかしらねぇ」
 心底分からないとゼフィアンは言う。だが、シオンにそんなことは関係なかった。
「理解されなくて結構……さ、早く出て行って。話すことは何もない」
「強情ねぇー。ベルリガウスに痛めつけられていたベルセルフちゃんのことはどうなのよぉー?」
「あれはベルリガウス様なりの愛情表現よ。それ以上でも、以下でもない」
「不器用さもそこまでいくと恩着せがましいわぁ。愛情があれば、何をやっていいのかしらねぇ?ベルセルフちゃんの自由はどうなるのぉー?」
 ピクリと、ゼフィアンの一言にシオンが眉を動かした。
「何よ……あなただって、あなただって自分の目的のために沢山の人を殺しているでしょう!?自分のことを棚に上げて、何を偉そうに!!!大体、自由ってなに?」
「んんー?」
「自由って、なに?」
 シオンは繰り返す。密閉された拷問部屋の中に、声は反響する。ゼフィアンはただ黙って聞いた。
「私、この世界を救うべきだって言われて、剣を一本与えられて送られた……自由にしろって。でも、自由ってなんなの?何も分からずほっぽり出され、自由にしろなんて……そんなの苦しいだけじゃない」
 前半部分に理解は及ばなかったものの、ゼフィアンはシオンの言いたいことを理解した。【思念感知】を使えば簡単だが、残念なことにシオンに【思念感知】は効かない。シオンにはいかなる魔術・・効かない。その理由をゼフィアンも知ることができなかった。
「なら、ベルセルフちゃんは?あれで幸せだったというのぉー?」
「さぁ?幸せなんて本人しだいよ」
「そういうところは人任せ……呆れるわぁ。でも、私は貴女が欲しいぃ……」
 耳元で囁かれたゼフィアンの魅了の力……だが、シオンはそれを受け付けない。
「帰って……ここからっ、早く……帰って!帰りなさい!!」
「やーんん、怒鳴らないでぇ。うふふ……取り乱しちゃってぇ、怒ったぁ?」
「うるさい!もう、話したくない!」
「いやよぉー。この状況、見て分からないぃ?貴女は私の言うことを聞くしかないのぉ〜」
「くっ……こんな枷さえなければっ」
「そうねぇ……貴女なら私くらい殺しちゃうかもねぇー」
 シオンの戦闘力はベルリガウスの折り紙付きだ。ベルリガウス直属の配下であり、剣術はバニッシュベルト帝国の達人達を抑えてのトップクラス。それを師事したのは、他でもないベルリガウス……。
 元々、剣の才能があったシオンはベルリガウスの手解きで最強の軍事国家である帝国のナンバー2となったのだ。しかも、女……ゼフィアンがシオンに報着するのは、そのような理由からだった。
「いい加減……私に付いてきなさいな。そうしたら、貴女の大好きなベルリガウスを殺したぁ相手と会えるわよぉ?」
 ピクリ……再びシオンの肩が揺れる。
「ベルリガウス様を……」
「そう……そうよぉ?私の言うことをちゃーんと聞いてくれたらぁ、会わせてあげるわぁ」
「…………」
 シオンの瞳は一瞬足りともゼフィアンから外されることはなかったが、ここで初めて瞳が地面を写した。
「ベルリガウス様をっ、殺した相手っ……誰だ!誰だ誰だ誰だ誰だ!!誰よ!誰なのよ!?」
「わかったわぁ、教えてあげるぅー。私が手駒に調べさせたのだけれど……その人物は『神業』と呼ばれているわぁ」
「か……み、わざ」
「そう……」
 ゼフィアンは嘘を吐いた。いや、事実ではあるが……ゼフィアンはその『神業』がグレーシュ・エフォンスではなく、グレース・エフォーシュと呼ばれていることを知っていたのだ。これで万が一に、シオンが独断専行しても実在しないグレースを追うことになるため、止めるのは容易い。
 今は、とにかくシオンを引き込まなくてはならない。そのためのカード、既に出揃った。
「ねぇ?どう?悪い話しじゃあ、ないと思うだけれどねぇ?」
 甘い誘惑……これこそがゼフィアンの本当の魅了の力なのかもしれない。その誘惑はシオンを落とすには、十分過ぎた。


 –––☆–––


「異世界……」
「信じられない……でしょう?」
 ゼフィアンは協力関係となるシオンの身の上話を、紅茶を飲みながら聞いていた。軽い茶会のようなものだ。
 そんな感じで、ゼフィアンはシオンが異世界から来たという話しを聞いて瞳を伏せた。それを見て、シオンは口を開く。
「私は地球の日本生まれの、小林こばやし紫苑しおん……それで神様かなんかに転移させられて、今はシオン・コバヤシ……ほ、本当だからっ」
「別に、疑っちゃいないわよぉ」
「え?そうなの?」
「えぇ〜」
 ゼフィアンは軽い口調で答えつつ、紅茶を啜る。実際、ゼフィアンは異世界が存在することは知っていた。【ゼロキュレス】の魔本の中に、数多ある世界の一つを改変するというような記述があったためだ。
「しかし……転移とはまた。シオンの他には誰かいるのかしらぁ?」
「えっと……ヨリトっていう人とアヤト、それとミヤコ……私が知ってるのはこれが全部」
「ふーん……それは、みんな貴女くらい強い?」
「わかんない……けど、多分っ」
 ゼフィアンはそれを聞いて、どういうつもりかは知らないが……神話の神がこの世界に干渉していることを確証した。神話の神に、シオン達は誘われたのだ。しかし、これは自分にとって幸運だったとゼフィアンは考えた。
 こんな風にシオンを手に入れられた……他の三人も引き入れることが出来れば、間違いなく、今度こそ計画を邪魔されることなく遂行できる筈だ。
「アヤト、ヨリト、ミヤコ……ねぇ」
 グレーシュにクーロン……今度こそは邪魔などさせない……ゼフィアンはそう心に誓った。
「ん?どうしたの?」
 と、シオンがそこで不思議そうに首を傾げたのでゼフィアンは取り繕うように笑って、紅茶を啜る。シオンは不思議に思ったが、追求はしなかった。



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