一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

縛られた男

 ゼフィアンはベルリガウスの問いに対し、一瞬だけキョトンとすると……不敵に笑った。
「ふふふ……」
 そして、とても陽気に笑う。笑う。
 これにはベルリガウスも、そしてシオンも首を傾げた。
「あー……あぁ。ごめんなさいねぇー?そうよぉー?そうなよぉ〜。この私が、糸を引いているの。よく分かったわねぇー?」
 魔術協会や神聖教、霊脈変動、そして今回の聖戦……それに他にも各地で大なり小なり、戦の火種が撒かれている。
 それらの情報全てを個人が知るには、それなりの年月が必要だろうが……超スピードで走る男、ベルリガウス・ペンタギュラスには関係のないことだった。
「なぁにしようとしてやがんだぁ?」
 興味本位でベルリガウスが訊くと、ゼフィアンは面白そうに目を細めるだけで何も答えはしなかった。
「…………そんなことより」
 と、ゼフィアンは突然鋭利な刃物をベルリガウスに突きつけるように睨み、続ける。
「早く出て行ってくれるかしらねぇー?」
 ゼフィアンは男嫌い……どれだけ面白そうな話を持ってこようが、どれだけ清き精神を持っていようが、どれだけ……そうどんな人間であれ、男ならばゼフィアンには関係のないことだ。
 そういう覚悟を持って、ゼフィアンはこのようにしているのだから。
 ベルリガウスは肩をすくめると、大人しく風呂場から消える。その際、ビリビリと電気になって壁を通り抜けるあたりがベルリガウスらしかった。
「す、凄い……壁を通り抜けた……」
「面白いわねぇ……」
 身体全てを電気にする……それは一つ一つの細胞を錬成術で作り変えるというグレーシュの【ブースト】と同じ理論である。
 だが、【ブースト】と違うのは継続的に電気化した身体を並列操作……【マルチー】を使わなくてはならないといったところだ。
 瞬時にそのことを見抜いたゼフィアンは、シオンに言った。
「あなたには無理よぉー」
「っ!?」
 試そうとしていたシオンを止め、ゼフィアンはゆっくりと浴槽に浸かる。
 こっちにいたベルリガウスの【エレメンタルアスペクト】よりも数段上といったところ……なるほど、異世界を旅してきたというだけはあった。
 まあ、それでも……ゼフィアンの悲願が達成されれば、ベルリガウスもその存在ごとこの世から消えるのだ。
「さぁて……種は撒き終わったわぁ。全世界を巻き込んだ戦争を……始めましょう?」

 後に、『改世記大戦』と呼ばられる大戦争の中心人物となるゼフィアン……その大戦の一つ、『帝王聖戦』は間近に迫っていた。


 –––☆–––


 ギルダブやその他イガーラ王国軍大師長の率いる大軍は、明日には帝国との戦線にぶつかるだろうと……予想されていた。
 詰まる所、今夜が最後の夜なのだ。
 今回の戦へ出陣していたギルダブは、キャンプ地の焚き火の前でふと……王国にいるであろう恋人のことを思いながら、月を眺める。
「…………」
 きっと、我が恋人は……自分のことなど心配せずにせっせと仕事でもしている頃だろう。自分のことよりも、国のために動く女性なのだ。
 分かっていた。自分との婚約が、自分を縛るためのものだと。だが、それでいいと思っている。ギルダブが、アリステリアを好きになったこと、愛していること、愛したこと……その気持ちに嘘偽りはないのだから。
「…………ふっ」
「やめて置いた方がいい」
「…………む」
 ギルダブがそのまま月を見上げていると、どこからともなくある男が現れた。
 斥候を主な仕事とする師長団を率いる、ソーマ・アークエイだ。
 ソーマはギルダブの近くにまで寄ると、ギルダブの同じように月を見上げて言った。
「月を見ていると……考えてしまうものである」
「恋人や、家族のことを……でしょうか?」
「うむ。新兵ほど、そのことを考えるとダメであるな」
「私は……新兵というわけでは……」
「ふっ……どれだけ経験を積もうとも変わらん。吾輩がそうであるからな」
 ギルダブはそういうソーマに苦笑した。
 ソーマが大の親バカなのは、軍内では有名だ。ソーマもノーラも、王国内では有名であるし、ソーマが娘に向ける愛情も大変なものだからだ。
「きっと……吾輩の娘は、吾輩のことどちっとも心配してないであろうな……」
「あぁ……私も考えました」
「お互いに不幸者か?」
「そうでもないでしょう?」
「うむ。その通りであるな」
 ソーマはギルダブの向かい側に腰を下ろす。
 それから暫くは、互いに月を見ているばかりで会話はなかった。ただ、お互いに言いたいことは同じであっただろう。
「…………これが終わったら、そろそろ引退したいものだ」
「いえ、まだまだ。ソーマ殿にいなくなられては困ります」
「あと数年すれば……吾輩も老いがくる。そうしたら、戦線は引退して新兵の訓練でもするである」
「それは頼もしい」
 ギルダブの言葉にソーマが笑った。
「無事に……終わればいいのですが」
「ふむ。こういう時は、あまりそういったことを考えない方がいい……無事に帰る方法を考えるべきであるな」
「方法……」
 あまり違いが分からなかったが、少なくともギルダブよりも場数を踏んでいる年長者の助言である。きっと、正しいに違いない。
「……む。ソーマにギルダブか」
 と、二人が焚火で語らっている折にそんな声が掛けられた。二人がふと見やると、褐色肌の獣人……ギシリスが腰に手を当てて立っているのが、目に入った。
「ギシリスか。お前も、酔狂な奴であるな。あのまま学舎の教育者でもしていればいいものを」
「私の性分でもなかったろう」
 そう言って、ギシリスも焚火の前に腰掛け……ソーマとギシリス、ギルダブの奇妙な三角形が出来上がった。
「そんなことはないでしょう。ギシリス先生の教えで、私はここまでこれました」
「よしてくれ……私は助言したに過ぎん」
 ギルダブが言うと、ギシリスは少しだけだが嬉しそうに笑って言った。
 それを見て、ソーマは鼻を鳴らす。
「ふん……何が性分ではない、だ。十分、似合っている」
「そうだろうか……」
 二人で頷けば、ギシリスは満更でもなさそうに頬を染めた。これは、焚火のせいでもないだろう。
「あぁ……今日は月が綺麗だな」
 と、思い出したようにギシリスが月を見上げて言う。それにギルダブが苦笑した。
「先程まで、ソーマ殿とその話をしていました」
「ふむ……?そうなのか。ソーマのことだ。どうせ、月を見ながら娘のことにでも、思いを馳せていたことだろう」
「それ以外に考えることはないであるからな」
「いっそ清々しいまでの娘愛……いや、親バカか」
「その点だけで言わせてもらえば、ギシリスも変わらないであるな。さしずめ、教え子バカか」
「では、ギルダブは何バカか」
 ギルダブはギシリスが何を言いたいのか分かって、さきに言ってやった。
「……恋人バカ」
 その答えに満足したように、ギシリスは頷く。
「うむ。では、ここにはバカぎ三人いるわけだ」
「それなら、安心である。バカは死なんからな」
 なぜなら、恋人バカにしろ、教え子バカにしろ、親バカにしろ……守るべきものを背中に背負っているのだ。
 人は誰かのために戦う時、その力を発揮するものだ。それを、ギシリスやソーマは場数を踏んでいるだけ知っているし、ギルダブも実感しつつあったのだ。
 だから、この会話はある意味では定例行事のようなものだった。
 ふと、三人で月を見上げていると……月のある空とは反対の空が紫色に染まり始めていた。
「夜明けが違いようであるな」
「そのようだ……。夜が明ければ、進軍だ」
「…………」
  
 戦いの時まで、もう長くはない。


 –––☆–––


 夜明け共に進軍を開始したイガーラ王国軍は、二回目の鐘の音を聞くと同時にバニッシュベルト帝国との防衛戦とぶつかる。
 他国から出兵されている軍も、今日か明日には東西南北全ての方角より帝国を目指すだろう。
 だが、帝王聖戦の第一戦となる戦いは紛れもなくイガーラ王国である。
 そしてここは、荒野の真ん中に位置するイガーラ王国の本陣……本陣には主力の師長団が……そしてギルダブの師長団は最前線だ。
 そのギルダブの視線のさきには……魔導機械マキナアルマが見えている。
「あれが……帝国の……」
 帝国が最強の軍事国家と呼ばれる所以。魔導機械……魔力を動力源とする鉄のからくり人形だ。
 イガーラの陣形は、横の陣と呼ばれる一般的なものだ。対して、帝国は槍の陣と呼ばれる突破力に長けた陣形している。
 槍の陣は、最前線中央部に主戦力を置く。そこに、大多数の魔導機械が配置されているのは目に見えていた。
 そして、実際にギルダブの目に見えているのだから疑いようはない。
「いよいよか」
 ギルダブは愛刀を手に取り、それを今までよりも強く握りしめる。思い浮かぶのは、ただ愛する者の幸せそうな笑顔のみ……それだけで、どんな困難も乗り越えることができる力を、活力を、ギルダブに与えた。

 そして……開戦の鐘が鳴らされる。


 –––☆–––


「っ……」
 ギルダブは迫り来る魔力弾の雨を、全て避けながら敵兵を切り倒す。
 なるほど、噂には聞いていたが……帝国の魔導機械『魔力銃』なるものは、相当なものだった。
 もしも、対策を講じていなければ既にイガーラ王国軍は壊滅的な打撃を受けていた。
 イガーラ王国は帝国の対策として、魔術師隊に防御魔術を師兵団単位で掛けさせ、弓矢による遠距離からの牽制……帝国がその対処をしている間に右翼、左翼から歩兵隊にて挟撃するというものであった。
 効果はあったようで、今のところは魔力銃による被害は最小限に抑えられていた。
 ギルダブはその間に、敵の群れに突っ込んで魔導機械を叩くという役割を担っていた。まさに敵の主戦力なのだ。これを叩くことができれば、戦況は大きくイガーラに傾く。
 しかし、これはかなりの難題だ。なぜなら、敵の群れにギルダブが一人で乗り込むのだから。
「ふっ……」
 ギルダブは一人で笑う。敵の胴を切り離し、血の雨を降らせながら、笑う。
 いや、分かっていたことだ。達人の域に達した者の宿命とも言えるかもしれない。アリステリアのために、こうやって使われるのは分かっていたことだった。

 だが、それでもいい。

 それは、他でもないアリステリアのためなのだ。
「ふんっ!」
 ギルダブが一振りすれば、その長刀の刃に数人の命が消える。それを何度も、何度も何度も何度も何度も何度も、繰り返す。それこそ、頭がおかしくなるくらいにまで何度も。
 死という確かな重みが、ギルダブにのし掛かる。殺すたび、興奮が高まる。
「…………」
 魔導機械も、その長刀で一刀両断にする。人の断末魔が響く。赤黒い血が、鮮血が戦場というキャンパスを赤くベットリと、塗りつけていく。
 赤い雨の中を、ギルダブはただ只管に……走った。
「そんな……魔導歩兵が一瞬でっ!?」
「馬鹿なっ……あの男、達人級か!」
 帝国の指揮官、兵士達がギルダブの圧倒的な強さに畏怖を覚える。血に染まったら身体で、彼は不敵に笑う。
「そこか……」
「っ!?」
 不用意に発した指揮官の言葉に……ギルダブはそれが指揮官であることを悟ったのだ。固有剣技【刹那】により、一足でその指揮官の懐に潜り込むと、問答無用でその肉と骨を断ち切る。
 ギルダブほどとなれば、骨を断ったとしても刃に刃こぼれが起こることはない。流麗なその剣術に、誰も付いていけない。
 そして、ギルダブがそのままさらに敵を切り倒そうと己が剣を振り下ろす……と、

 キンッ

 甲高い金属音が響き、辺りの喧騒が一瞬だけ静まり返る。もはや、敵軍の懐に潜り込んでいたギルダブ相手に同士討ちの可能性のある魔力銃は意味なさない。
 今、ギルダブの剣を止めたのは他でもない……敵軍の兵士。敵軍の兵士が、己の剣でギルダブから放たれる剛剣を凌いだのだ。
「そこまでだよ!」
「……む」
 ギルダブはそのまま剣を押し切る。敵兵はそれに逆らわずに引き下がってから、ギルダブに剣の切っ先を向けた。
「あたしは、帝国軍大師長……剣術の達人!モリー・ティル!」
「……達人か」
 帝国の誇る、魔導機械以外の主戦力……達人。
 その一人が、ギルダブの目の前にいた。
 背丈は低く、まるで子供だが……あの体躯でギルダブの剣を受け切ったのだから、油断ならない。しかも、見た目も声も女そのもの……女だとみて間違いなかった。
「さぁ……このあたしが来たからには、もう好き勝手させないよ!」
「【地走り】」
 ギルダブはモリーと名乗った少女が言い終わるや否や、間髪いれずに剣技を始動させる。
 長刀は地面に切っ先が沿うように振り上げられ、その衝撃が地面を伝って斬撃となってモリーを襲う。 
「っ!?」
 モリーは間一髪でそれを横飛びに避ける。だが、ギルダブはそれで終わりにはしない。
【刹那】で最接近しない、肉迫する距離で長刀を振るう。
「ちょっ……」
 モリーは、まさかクロスレンジでその長刀を振るうとは予想できなかった。ギルダブの武器の特性上、槍以下のミドルレンジの間合いで戦うだろうと思っていたのだ。
 だが、初手のロングレンジからの斬撃……そして今のクロスレンジでの攻撃。全てが、モリーの予想の外の攻撃だった。
「くっ!?」
 モリーはギルダブの攻撃を再び受けつつ、反撃の一手を打つ。
 モリーはギルダブの攻撃を数回躱した後に、超接近戦を挑む形で高速の剣技を始動する。帝国式の上級雷属性剣技【サンダーボルグ】だ。
 クロスレンジで、ギルダブはミドルレンジで力を発揮する武器での戦闘……回避、そして防御共に至難の技である。
 モリーは自分の勝利を確信したが、だがそれはすぐに覆ることとなる。
 ギルダブは三連突き技である【サンダーボルグ】初撃を、半身になって躱すとそのまま肩を刹那の間にモリーへ押し付け、強制的に剣技を中断させる。
 それから、ギルダブは身を翻して反転させ……剣技を発動する。
「【風車】」
 ギルダブの長刀が黄緑色に輝くと……一閃。モリーの首が宙を踊った。


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