一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

雷と色欲

 –––???–––


 アスカ大陸、そしてスーリアント大陸間にある大海……その海面上を疾走する男がいた。
 身体中から稲妻を走らせ、電光石火の如き速さで走っている。
 閃光が駆け、海面付近を泳いでいた魚は全て感電してプカプカと浮く。
 海上を走って数分……その男、ベルリガウス・ペンタギュラスはスーリアント大陸に上陸し、そのまま走ってバニッシュベルト帝国へ向かう。
 と……、
「あぁ……?」
 その道中でベルリガウスはどこかの国の遠征軍に出くわしたらしく、目の前にキャンプ地が広がっていた。
 どうやらバニッシュベルトに向かっているようだが……。
「なるほどなぁ……これが噂に聞いた帝国進軍ってぇ奴かぁ」
 各地を走り回っていたベルリガウスは、聖戦について知っていた。なんでも、イガーラ王国が主導で行っているらしい。その理由が、イガーラ王国が伝説を打ち倒した……と。
 だからこそ、ベルリガウスはこっちにいたベルリガウスを倒したのがイガーラにいると踏んでいた。
「あんなかに……いんのかねぇ?」
 一際大きな気配は感じる。みたところ、このキャンプ地もイガーラの物に見える。
「クックックッ……まあ、いってぇみるかぁ」
 バチバチと電撃を身体から迸らせ、ベルリガウスはキャンプ地を疾走……そして、見つけた。一際大きな気配……相手もベルリガウスの気配に気が付いたのか、誰もが突然走ってきた稲妻に右往左往する中で、向かいくるベルリガウスに鋭い視線を向けていた。
 ベルリガウスはその者の前で立ち止まる。
「クックックッ……おめぇ、つえぇなぁ」
「…………何者だ」
 長髪の黒髪を靡かせ、とんでもない威圧感を放つその者……ギルダブ・セインバースト。ベルリガウスはその威圧感を放つ相手に、不敵な笑みを浮かべた。
 ギルダブは全身帯電状態でバチバチしている相手の輪郭が取れずにそう訊いたが、気配で一体誰なのかは薄々感じ取っていた。
 だが、ベルリガウスは明確な答えを示す。
「俺様かぁ……?俺様は……ベルリガウス・ペンタギュラスだぁ」
「ベルリガウス……そうか。俺はギルダブ・セインバーストだ」
 ベルリガウスと聞いても、薄々勘付いていたギルダブは特に驚きもしなかった。
 会ってすぐの言葉……ああ言ったということは、このベルリガウスはギルダブのことを知らないと、ギルダブは考えてあえて名乗った。
 そして続けて、突然現れたベルリガウスに訊ねた。
「お前は何者だ」
 その問いに対し、ベルリガウスは鼻を鳴らす。もちろん、ギルダブの問いの意味が分かっていての反応だ。
 もしも、ギルダブが本当にこっちに来ていたベルリガウスを倒していたのなら……どうして生きている?という反応をするのが当然だからだ。
 だが、ギルダブは何者だと訊いている。その意味が、別のベルリガウスなのか……もしくは全く別の誰かなのか……そういうことをギルダブは訊いていた。
 だからこそ、よく回る頭だと……ベルリガウスは鼻を鳴らして不遜な態度で称賛したのだ。
「何者ねぇ……まあぁ、面倒だから一言で言えばぁ……俺様が、本物のベルリガウス・ペンタギュラスってぇことだぁ。ギルダブ」
「…………そうか」
 ギルダブは短く答え、愛用している長刀を構える。周りにいた兵士達に、ギルダブは視線だけで近寄るなと指示し、察しのいい兵士達は遠目に武器を構えて警戒をしている。
 ベルリガウスはそんなギルダブと、そして辺りにいる兵士達を見回して溜息を吐いた。
「いやぁ……別にぃよぉ、喧嘩しにきたぁわけじゃあねぇ。ただ、ちょっと確認に来ただけだぁ」
「確認……だと?」
「まあぁ、いつかまた会ったらぁ……そんときはぁ相手してやるがなぁ」
「…………」
 ベルリガウスはギルダブに向かって不敵に笑むと、電撃を迸らせて走り出す。ドンドン遠のくキャンプ地を尻目に、ベルリガウスはバニッシュベルト帝国の中心……帝都を目指す。
「クックックッ……クルナトシュの動きはねぇが、魔術協会が動いてっからなぁ。イガーラ他各国も帝国に向かってらぁ。世界中が動き出してやがる……裏でぇ糸引いてやがるのは、あの女だろうなぁ。クックックッ」
 ベルリガウスは走る。大地に紫色の軌跡を残し、閃光を放ち、電撃を撒き散らし、走る。

 走る走る。


 –––☆–––


 それからベルリガウスが帝都へ着いたのは数分後……もちろん、ギルダブの率いる大軍がこんな短時間で着くわけがないのは言わずもがな。
 大軍になればなるほど進軍は遅くなる……それを考慮すると、各国連合軍が帝国領内へ入るのは、あと明日か明後日か……まあ、何があるか分からない。それに、ベルリガウスにとってはそんなのことはどうでもいいことだった。
 もう、数十年ぶりともなる帰郷にベルリガウスは帝都の周囲に張り巡らされた強固な防壁を見て、思わず感嘆した。
「はぁ……昔はなかったなぁ。こいつぁすげぇ」
 バニッシュベルトが三大列強と呼ばれる国の中でも最強と呼ばれ出したのは、こっちにやってきた別次元のベルリガウスが来てからの話だ。
 人族紫髪種ライテイであるベルリガウスは、夜髪種コクヤと同じくらいの寿命を持つ。ベルリガウスがここで生まれたのは、もう百年も前になる。
「さぁてぇ……?」
 ベルリガウスは普通に歩いて、壁の中へ入るための門へ向かう。
 目の前には巨大な門があり、どうやって開くのか甚だ疑問を覚えるような作りをしていた。
「そういやぁ……他の次元にもあったなぁこんなんがぁ。科学とか、魔工学だとかぁ……次元によって色んな名前があったぁ。原理は似たようなもんだったがなぁ……こいつは魔工学に似てやがるなぁー?」
 テケテケザクザクと、ベルリガウスは歩く。
 帝都の付近は荒野で、歩くとザクザクという音を奏でる。ここらは、急速な魔導機械マキナアルマ政策により、自然が枯渇しているのだ。
 ギルダブ達のいたキャンプ地も、その影響で背の低い草木ばかりがポツンポツンと点で群れていた。
「昔はぁ……ここら辺ももうちょいなぁ」
 もともと、草木が少ない土地ではあったが……数十年という月日の長さをベルリガウスは身にしみて実感しつつあった。
「俺様が走り回ってる間に……本当ぉに変わったぁもんだぁなぁ……」
 そのまま歩き続けてベルリガウスがしみじみと感慨に耽っていると、ふと声が響いた。
『止まれ!』
「あぁー?」
 突然聞こえた言葉にベルリガウスは眉を寄せた。
 辺りに誰の気配も感じない。声の発生源は門の方からだ。ベルリガウスの行った地球で言うと、なんだかSFチックな門……そこにカメラとマイクがあるようだ。
「こっちぃの方にも……あんだなぁ」
 地球とか、他の次元でも見ているためベルリガウスは特に驚きはしなかった。
 ベルリガウスがそんな風に思っていると、声はさらに響く。
『帝都に何用だ。現在、帝都では厳戒態勢が敷かれている。一般人の立ち入り、出ることも許されていない。立ち去れ』
「はぁ〜クックックッ」
 ベルリガウスは不敵に笑ってみせる。よーく、顔を見せてやろうか……一体誰が相手なのか。
「俺様はベルリガウス・ペンタギュラス……開けろぉ」
 ベルリガウスが言うと、マイクが何やらドタバタとした音を拾う。それからしばらく沈黙が続いた後、再び声が響く。
『う、嘘だ……ベルリガウス将軍は死んだ!偽物め!』
 あまりにも似ていたため、動揺しているのだろう……若干、声が上ずっている。
『立ち去れ。今のことは、多めに見て……』
 声が何か言う前に、ベルリガウスはカメラのある場所まで電撃を迸らせて一瞬で移動してみせる。
「誰がぁ偽物だぁ……?あぁ?」
 死んだベルリガウスも、今のベルリガウスも……どちらも等しくベルリガウスであるのは間違いないのだ。なんて奴だ。人のこと偽物なのどと。
 とはいえ、自分を本物とかさっきギルダブに行っているので間接的にこっちにいたベルリガウスを偽物だと言っているのは……まあ、置いておこう。
「こちとらぁ、久々の里帰りでよぉ……気分は悪くねぇんだぁ。だからぁ、こうやってわざわざ表からぁ来てやってんだぁ……あまり、俺様を待たせるなぁよぉ?」
『ひっ……ひいぃ!?』
 カメラ越しでも伝わる、ベルリガウスの圧倒的な威圧感、覇気に声の主が悲鳴を上げた。
 ベルリガウスはまた一瞬でさっきの立ち位置に戻ると、悪態を吐いた。
「たぁっくよぉ……やっぱぁ、走った方がはえぇ」
 そろそろ開くだろうかと思っていると、声が聞こえた。
『あ、開けられ……ませんっ。命令ですので……』
「…………」
 恐怖に抗い、命令を遂行する。素晴らしい忠臣である。一体、どこのどいつに飼われているのやら……。
「……クックックッ」
 ならば仕方がない。久々の里帰りだから、ゆっくりとしようと思ったが……と、ベルリガウスは電撃を迸らせる。
「俺様はぁ……気がみじけぇ……」
 バチバチと帯電し、ベルリガウスは走り出す。
 その圧倒的速度で、ベルリガウスは壁を通り抜ける。電気化可能な彼に、通れない道はない。
「さぁてぇ……まずはどこに行くかぁ」
 ブーンッと鳴り響く、警報の音を聞きながら……ベルリガウスは帝都中を走り出した。

 –––☆–––

「あ……れはっ」
「…………?」
 警報を聞いてやってきたのだろう。走るベルリガウスの正面に、男が立っていた。ベルリガウスは少し気になって滑るように立ち止まる。
「べ、ベルリガウス様……」
「…………クックックッ」
 ベルリガウスは笑う。目の前に立つ男から、達人の気配を感じる。
「なぁるほどなぁ……」
「生きておいでで……」
 何やら、こっちにいたベルリガウスと勘違いしているようだった。
 まあ、そんなことベルリガウスには関係ないが。
 ベルリガウスは男を一瞥してから、再び走り出す。
「ベルリガウス様!?」
 と、そんな悲鳴にも似た声が聞こえたが、ベルリガウスは気にも留めない。所詮、彼らが知っているのはここにいるベルリガウスではない。
 ただ、ベルリガウスが納得した理由はこの帝国が三大列強と呼ばれる所以についてだ。
 さっきの男と同じく、達人の気配を複数人確認できる。
「それに……こんだけ文明が進んでりゃあ兵器とかも優れてんだろぉよぉ……」
 地球の銃器のようなものがあれば、少しの訓練で最強の兵隊が完成である。
 魔術師の反応できない速度で打ち出される鉛の弾丸……ベルリガウスは容易に回避可能だが、実力的に中級辺りは必死、上級でも難しい。
 ベルリガウスが走っていると……警報を聞いて迅速な対応をしてきた帝国兵達が道を塞いでいた。立ち止まって見てみる。
 鉄の盾を前衛に、後衛には地球でいうさっき述べた銃器のようなもの……さらにその後ろでは、ベルリガウスが好きなプラモデルを拡大したようなものが立っている。
「お、おぉ……びっくらこいたぁなぁ……こりゃあ」
 ベルリガウスはまるで少年のように瞳を輝かせる。ぶっちゃけ、見た目厳ついおっさんなわけで……目が輝いているのがむしろ帝国兵達に恐怖を覚えさせた。
「これ以上好き勝手させるな!撃てぇ!」
 と、リーダー格らしき男が指示を出す。それから直ぐに後衛から銃による乱射が始まる。
「クックックッ……少し相手ぇしてやりてぇがぁ……今はいきてぇとこがあんだぁ」
 ベルリガウスは電撃を纏い、その弾幕全てを掻い潜りながら、正面から帝国兵の壁を飛び越える。
 そのまま、走り抜けていき……ベルリガウスは帝都の中心に立つ城へ入っていった。


 –––☆–––


 ベルリガウスが気配を辿ってやってきたのは、湯浴み場……つまりは風呂だった。
 ベルリガウスは脱衣所の前で止まって、そこから普通に風呂場へ向かう。ここまで来るまで、ほとんど妨害がなかったのは……ベルリガウスが速すぎて誰も彼を視認できなかった。
 そのため、若干の喧騒が外から聞こえてくるくらいでここらは静かである。
 ベルリガウスが風呂場に入ってすぐ、扉に立つベルリガウスを見て固まっている人物が一名……そして殺気を飛ばす人物が一名……。
「ベルリガウス・ペンタギュラス……」
「ゼフィアン。ゼフィアン・クロトシウム……だなぁ?」
「っ!」
 ゼフィアンと呼ばれた女性は、その隣で身体を洗っていたシオン・コバヤシをも無視して、お湯で溢れた浴槽からザバッと勢いよく立ち上がった。
「ぎゃっ!」
 シオンはお湯を被り、小さな悲鳴をあげる。見た目はとても美しいのに……とっても残念な悲鳴だった。
「私の名前を……どこで……」
「クックックッ……とりあえず、色々と見えてんぞぉ?俺様よりも年上なババアの裸なんざぁ、みたかねぇ」
「っ!!」
 ゼフィアンは即座に魔術を使い、簡単な服を生成……それを着る。
「あ、あの……私も恥ずかしいんだけど……」
 ずぶ濡れになったシオンがベルリガウスの目を気にしてそういうが、ゼフィアンはそれを無視した。そんなのに構っている暇がないからだ。
「クロトシウム……それは私が、魔王になる前の名前よぉー?ベルリガウス・ペンタギュラス……たしか、死んだはずだけれどねぇー?」
「よーく言われるがぁ……まあ、面倒な説明は省かせてもらうぜぇ?平たく言えやぁ……俺様が本物ってぇことだぁ」
「なっ……じゃ、じゃあ!本当にベルリガウス様っ!!」
 シオンはゼフィアンに無視されて若干涙目になっていたが、ベルリガウスの言葉を聞いて嬉しそうに笑った。
「全く気配が違ったので、偽物かと思ったのですが……よかった……本当に」
「……?誰だぁおめぇ?」
「この偽物!!」
 全裸で殴りかかろうとするシオンを制し、ゼフィアンが口を開いた。
「本物のベルリガウス……ねぇ〜?なにか証明するものでもあるかしらぁー?」
 そう言われ、ベルリガウスは手を顎にやる。
「ふぅむ……」
 まあ、わざわざ信用をもらう必要はない。だが、偽物だと思われるのも癪ではある。
 ベルリガウスはそう考え、言った。
「ゼフィアン・クロトシウム……妹はエーリカ・クロトシウム……」
「っ!?」
 明らかにゼフィアンの表情に動揺が走った。もちろん、それをベルリガウスが見逃すはずはなく……ニヤリと笑う。
「実は俺様はなぁ、次元跳躍っつーことがぁできるんだぁ」
「次元……異世界ねぇ?」
「さすがに知ってかぁ」
 ふと、ベルリガウスは今まで気にも留めなかったが……と乳房と大事なところを両腕で隠しているシオンに初めてしっかりと目を向ける。
 ベルリガウスに対して、羞恥と憎悪と期待の篭った眼差しを向けていたシオンと視線がぶつかるが……気にしない。
「なっ……こっちみないで!変態!痴漢!スケベ!」
「乳くせぇガキにゃあぁ興味ねぇやぁ。はぁー……なぁるほどぉ。このガキ、地球からこっちにきた異世界人だなぁ」
「っ!」
 今度はシオンが動揺した。だが、ゼフィアンは少し余裕な表情を浮かべている。
「へぇ〜?どうして?」
「行ったことあっからなぁ。地球の日本ってぇとこにぃなぁ……」
「え!?本当!?」
「まあ、それはぁともかくだぁ……」
「ちょっ……」
 ベルリガウスはうるさいなぁ……と思いながら、シオンを無視してゼフィアンに語りかける。
「俺様は昔、次元跳躍で異世界に旅立ったぁ。それと入れ替わりに現れたのがぁ……」
「私たちのよく知るベルリガウス……ねぇー?」
「あぁ……そのとおりだぁ」
「私の旧姓を知っていたのも……」
「別次元であってぇからなぁ……ゼフィアン・ザ・アスモデウス。こっちじゃあ、てめぇは昔から有名だったぁからなぁ……」
 別次元のゼフィアンに会ったのは、偶然だったが……こっちで名の知れていたゼフィアンのことが気になった。別次元のゼフィアンは、エーリカという妹のことをとても大切にしていた……そして、大抵どこの次元でも共通するのは、次元ごとにいる自分というのは同じ性格をしているということだ。
 だが、ベルリガウスがゼフィアンに妹がいたというのは知らなかった。魔王にまで登りつめた女なのだ。妹の名前くらいは出てもいい気はする。
 千年を生きる女……ゼフィアン。その妹だ。長寿の種であるはずだが、見たことも聞いたこともない。
 まあ、そんなことはいい。
「でだぁ……別に俺様はんな話をしにきたわけじゃあねぇ」
 ベルリガウスはそう言って、ゼフィアンに目を向けた。
「世界中が動き始めてやがんのはぁ……おめぇだろぉ?」


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