一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

魔力保有領域【ゲート】

 –––☆–––


 ノーラとエリリーに上がってもらい、リビングのテーブルに着いてもらった。シェーレちゃんが紅茶を運んできてくれたのだが、それを見たノーラが目をキラキラさせた。
「うわぁ〜!ちょーカワイイ!何この子!?」
「そういえば初めてだったっけ。シェーレちゃん……ここに住んでる幽霊」
「へ〜幽霊かー。初めてみるけど、なんだか不思議!」
「…………」
 ノーラは凄く呑気だが、エリリーの頬は引きつっていた。これが普通の反応なんですけどね……何この子?ちょーすごくなぁい?
 暫くノーラがシェーレちゃんを堪能しながら紅茶を飲んでいる……と、ソニア姉がリビングへやってきた。
「あ、お姉ちゃん」
「んー……ん?あれ?ノーラちゃんとエリリーちゃんだ。どうしたの?」
「あ、お邪魔してます!今日はグレイとクーロンさんのお見舞いに……あ、そういえばクーロンさんってまだ……」
 ノーラに訊かれ、俺は思わず言葉に詰まる。答えないと……。
「あ、あぁ……うん。まだね」
「そっか……お守り効いてくれるといいんだけど……」
 病魔退散のお守りだから、あれ。
「まあ、大丈夫大丈夫!あのお守り、フォセリオさんが力込めたって言ってたからね!マジ間違いないって!」

 犯人はあいつか。

 ノーラはど天然が入っているようだから全然気が付いていない……よし、今度あったら街中で置き去りにしてやろう。きっと、迷いに迷って大泣きするに違いない。
 しっかし、最高神官が力を込めた……ね。病魔になら、本当に効き目がありそうだ。
「そっか。それは、とても信頼できるね」
 とりあえず、満面の笑みを浮かべるノーラの表情を崩したくなかったので、俺はそう言った。その隣でエリリーが苦笑している。気付いているなら教えてあげろよ……あぁ、そうか。と、納得。
 エリリーも俺と同じだったんだろうなぁ……。
 その時のドヤ顔のセリーと、嬉しそうなノーラの表情を思い浮かべ……エリリーに同情を示すように、俺も苦笑を漏らした。
「あ、折角だからクーロンさんのお見舞い行ってもいいかな?お守り渡してあげて」
「え?あ、うん。そうだね……じゃあ、早速」
 ノーラに言われ、俺たちは立ち上がる。ソニア姉はシェーレちゃんと話していたので、とりあえず置いておく。


 –––☆–––


 クロロの部屋まで来て、ノーラとエリリーがベッドの上で横たわるクロロを見て一瞬悲痛な表情を浮かべた。
 しかし、俺の方を見ると直ぐに……無理矢理な笑顔を作る。こんな時まで、俺のことを気にしなくてもいいのに……。
「あ、グレイ。椅子借りていいかな?」
 と、エリリーに言われたのでベット傍にある椅子を差し出すとエリリーがノーラの肩を抱いて言った。
「ほら、ノーラ座って?」
「え?でも……」
「早く」
「は、はぃ……」
 エリリーは過保護すぎるくらいに、ノーラを気遣っている。
 ノーラは若干気圧されながらも、大人しく椅子に座った。
 俺は苦笑しながらその光景を見つめ、それから病魔退散のお守りを枕元へ添えてやる。
「うん。これでクーロンさんも直ぐに起きるよ!」
「そう……だね。うん。きっと、そうだ」
 ノーラの元気な声に、俺も自然と元気が湧いてきた。エリリーもそれは同じようで、微笑んだ。
 そんな良い感じの中……突如としてそれをぶち壊すことが起こる。
 最初に、それに気がついたのはエリリーだ。
「あれ……?」
 と、エリリーがクロロの方を見て困惑した表情を浮かべていたので見ると……クロロから黒い靄がモクモクと……煙のように出ていた。
「なっ!?クロロ!!」
 俺は咄嗟にクロロの肩を抱いて、顔を見る。顔色が悪い……確実に、完全に、完璧に、クロロに何かしらの異常が起きている。何が起こっている?
「エキドナっ!」
 俺が呼ぶ出すと、直ぐにエキドナが影から這い出てくる。そしてクロロを見て絶句した。
「ご主人様!そのお守りを、クーロンから離すのです!」
「わかった!」
 と、俺がお守りを取るとクロロの顔色が良くなった。だが……黒い靄は出たままだ。
「何が起こってる!?」
「そのお守りに込められた神気が原因だと思われます。詳細は不明ですが……」
「え……?じゃ、じゃあこれって……ウチの所為?そん、な……」
「違う!そんなわけないだろ!」
「その通りよ、ノーラント……お守りの効果は?」
「びょ、病魔退散!」
「おい、まさか……」
 と、俺は頬を引きつらせる。
 え?この黒い靄って……。と、俺がそこまで考えたところでエキドナが叫んだ。
「あれが病魔かもしれません」
  
 うそやん……。

「クロロって病気だったのか!?戦いの疲労とかじゃなくてか!?」
「診察してみないと何とも……しかし、フォセリオは何も……」
 暫くして、黒い靄がクロロの中へ戻っていこうとし始める。

 させるか!

 これが病魔なら、こいつを追い出せばクロロは目覚めるかもしれないんだ!出てけ!
 俺は【ゴースト】を発動し、黒い靄を鷲掴み、クロロの中から引きづり出す。と、俺が掴んでいる左右の手の間から、黒い靄に顔が浮かび上がる。
 獣の顔……狐にも似た頭だった。
 それを見て、俺は咄嗟に妖狐の二文字が脳裏を掠める。
「くっ、エキドナ!窓をっ」
 エキドナにそう指示を出すと、エキドナは直ぐに反応し……【念動力サイコキネシス】窓を開いた。俺はそこから、病魔を掴んだまま外へ躍り出る。
 一階なのでダイナミックさはない。
 俺はクロロの部屋から病魔を引っ張り出す。クロロから完全に切り離された病魔は、その狐の顔で俺に噛みつこうとしてきた。
「っ!」
 俺は即座に病魔の背後へ回る。そして形成され始めた狐の胴体部分に腕を回し……そのまま俺はブリッジするように腰をしならせ、頭から病魔を地面へ叩きつけた。
 病魔の頭が地面に減り込む。
 それから俺は、起き上がって離れ……錬成術で弓矢を作り、照準を病魔へ合わせた。
 病魔にはやはり、今の攻撃が効いていないようで……直ぐに地面から頭を引っこ抜くと、黒い靄の身体が完全に狐の姿へと変貌する。黒い狐……。
 と、攻撃の気配がしたので【ダークアロー】を放った。放った矢が、狐の頭を粉砕すると……病魔はその身体を霧散させた。
「消えた……」
「いえ、恐らく倒せたのかと」
「まじか……」
 突然のことで驚いたが、これで……クロロは?
 ごめんセリー……今度何か奢る。ドヤ顔が思い浮かぶ女のことを思い出し、俺は素直にそう思った。
 俺はクロロの部屋へ戻り、改めてクロロの様子を見る。
 …………目覚める気配はしない。
「どういうことだ……?病魔は今倒せたんだろ?」
「残念ながら……こんなことは、エキドナも初めて……」
「何が起こってるの?」
「…………」
 ノーラもエリリーも混乱しているようだ。俺だって混乱している。
 セリーの病魔退散のお守りが効いて病魔が出てきたのかと思ったが……違うのか?やっぱり、戦いの疲労からなのか?
 こんなことを、俺では分からない。やはり、専門家に訊く他ない。
「ちょっと……お姉ちゃん呼んでくる!」
 俺はみんなにそう告げて、クロロの部屋を蹴破る勢いで出て行く。
 ソニア姉は王宮治療魔術師だ!何か知っているかもしれない。ソニア姉がダメなら、セリーだ!


 –––☆–––


「「…………」」
 ジーっと俺も含めてノーラやエリリー、ソニア姉、シェーレちゃん、ラエラ母さん、ユーリが、ベッドに横たわるクロロの診察をするセリーを見つめる。
 結局、クロロを見たソニア姉は即座にセリーに助けを求めたのだ。
 エキドナは集中して目を瞑るセリーの補佐をしている。あの最高神官であるセリーが、クロロの容態を聞いてこっちまですっ飛んできて、エキドナに補佐を頼んだのだ。
 セリー一人だけでは、診察もままならないという。そういうこと指していた。
「くっ……」
 と、クロロの胸に手を当てていたセリーが表情を歪ませる。直ぐにエキドナがセリーの補助へ入る。
「ね、ねぇ……これ診察なんだよね?これ、何が起こってるの?」
 ノーラがポツリと呟いた。その言葉に、こういうことに詳しいソニア姉が答えた。
「診察魔術【アナライズ】は、相手と自分の魔力を混ぜ合わせる魔術でね。普通はそこまで危険じゃないけど、相手が混乱してたりで魔力が暴走してると混ぜ合わせることができないの。そうすると、相手の暴走した高密度の魔力が術者の中に入り込む……」
「魔力汚染……」
「その通り」
 ノーラの呟きにソニア姉がさらに答える。つまり、今……セリーだけでは対処が出来ないほど、クロロの中で魔力が暴走しているわけだ。
「前診察したときはあたし一人でできた……」
 原因は……あの黒い靄だろう。
「なるほど……ね」
 と、セリーが目を開けてつぶやく。額には脂汗が浮かんでおり、物凄い疲労が表情から伺える。
「何かわかったか?」
 俺が訊ねると、セリーは完結に答える。
「グレイの倒したっていう黒い靄は、私の神気の影響で表層に出てきた……クロロを蝕む、深層で隠れ住んでいた病魔の一部・・ね。ごめんなさい……悪いけど、ここからはグレイとエキドナ以外は席を外してちょうだい」
 セリーに言われ、全員顔を見合わせると心配そうにクロロを見つめた後に退室する。
 残った俺とエキドナは、セリーに説明を求めた。
「おい、なんで急にみんなを……」
「説明するから待ってちょうだい」
 セリーは一泊置くために息を吐くと、口を開く。
「みんなを退室させたのは、クーロン・ブラッカスの身に起きていることが原因よ。今、彼女の魔力保有領域ゲートが開きかけているの」
「は?魔力保有領域が?それがどうしたんだ?」
「…………まさか」
 エキドナは何かに思い当たったのか、ハッとしたような声を上げる。それに対して、セリーが頷く。
「おい、二人だけで話をすすめるな。俺にも説明をしてくれ……」
「分かってるわ。そのために、みんなに退室してもらったんだから……いい?よく訊きなさい?まず、魔力保有領域の説明をしなくちゃいけないのだけれど……貴方は魔力保有領域をどんなものだと思っているの?」
「そんなもん一般常識じゃねぇか。魔力を内包してる器官……」
「まあ、一般的には……ね。じゃあ、どうして魔力保有領域をゲートと呼ぶの?」
「それは……」
「知らないでしょう?知らなくて当然よ。そのことは、数世紀も前に魔術協会が隠したから……」
「だから……それとこれと何の関係が……」
「いい?ゲートは魔力を内包してある器官ではないの。たしかに、そうなのだけれど違うわ。ゲートは扉よ。私達と、魔物達を繋ぐね」
「魔物と……?」
「そう。私達が魔力量を上げるためにやっていたことはなに?」
 魔物を倒して、魔石を取り込むことだ。
「魔石は魔物の魂のようなものね。それを取り込み、ゲート……つまり扉の向こう側へ閉じ込める。それが魔力保有領域……ゲートという器官の役割よ」
 それは……つまり……。
「私たちは身体の中に魔物を飼っているのよ。共生しているとは、違うわ。私たちが使う魔術というのは、扉の向こう側にいる魔物の力を使っているだけなの。私たち人間に、神は超常の力は与えていない・・・・・・……。私たちの先祖が魔物に対抗するために進化した器官よ。魔人化や魔物化という現象は、扉が開いて飼っていた魔物に身体が乗っ取られるようなもの……今の『月光』はまさにその乗っ取られる手前よ」
「なんで……だ?」
「貴方、知っているんでしょう?『月光』の飼っている魔物を。扉の向こうに潜んでいるのは怪物よ……。バートゥに支配されていたときに大量に、扉の向こうにいる怪物の力を使ったみたいだから……そいつが扉から出ようとしているのよ」
 妖狐が?SSSランクの中でも特にヤバい相手だ。あの炎は触れれば全てを灰に変える。
「な、なんだよそれ……どうして協会はそのことを隠した?」
「今は魔人化するのは魔力汚染が原因だって言われてる……でもね、本当は扉が開いて……こっち側に魔物が来ているだけなの。しかも、扉の開け閉めは自由よ。貴方はよく知っている方法があるんでしょう?」
 人工魔力汚染のことか?あれが扉を開く鍵……?
「どうして魔力汚染が扉を開く鍵なんだ?」
「魔力汚染……すなわち、高密度な魔力を浴びると人間の身体は極端に衰弱するの。それは……一瞬の仮死状態に陥り、結果……扉を開くことになるわ。でも、別の方法があるわ。これだけは絶対に、貴方でも教えられないけれど……少なくても魔力汚染よりもずっとお手軽に魔人を量産できるわ。そうなったら……どうなるかしら?」
 間違いない……まずは魔物狩りから始まる。強力な魔物を狩り、魔石を取り込み……そして魔人化だ。
 魔人化するだけで、個人差はあるにしてもクロロやベルリガウスのように地形を簡単に変えてしまうような力を得る。軍なんて意味はなさない……魔人と魔人の戦いが激化し……考えただけでも恐ろしい。多分、ほの世界滅ぶわ……うん。
 ふと、気になったので俺はエキドナに訊ねた。
「おい、お前はこれを知って?」
 俺が訊くと、エキドナは頷く。
「バートゥは良くも悪くも大量の情報を持っていました……バートゥの死霊の中には協会の権力者もいたのです。それで、触りだけ聞く機会が」
「そうか……セリーは?最高神官だから知っているのか?」
 今度はセリーへ訊ねると、セリーは首を振った。
「バベラの図書で知ったわ……」
「バベラ?」
 バベラの図書は、英知の神バベラの貯蔵する世界のありとあらゆら本が保管された図書館のことだ。
「実在したのか……」
「えぇ、するわよ。私は最高神官……神の加護を受けた私はバベラの図書の閲覧が一部、許されているの。でも、閲覧を許されていない本は読むのに対価が必要よ」
「対価?」
「ゲートの秘密はそれで知ったわ……。私は、どうしてゲートが人間にあるのか知りたかったの。神が私たちに与えたものなのかどうか……」
「それはどうでもいい!」
「…………」
 セリーが黙ってしまったが、本当にそんなことは今はいい。
「それよりクロロだ!扉が開きかけてるんだろ?つまり、閉めればいいんだな?」
「まあ、率直に言えば……」
 セリーがそう答えたので、俺はクロロに近寄る。
「どうすればいい?閉める方法はないか?」
「あるわ。たしか……ちょっと待って、記憶を追うわ」
「お前は記憶の道にも迷うのか!筋金入の方向音痴!」
「なっ」
 さすがに傷ついたのか、セリーが叫ぶ。
「酷い!私、バベラの図書でゲートの秘密を知るために払った対価が方向感覚だったんだから!仕方ないじゃない!」
 よくそんなもん対価に支払ったな。馬鹿じゃないのか。
 そう言ってやると、セリーが言い返してきた。
「だ、だって……手とか足とかよりもそういうのだったらいいかなと……」
 だからと言って、ピンポンイントで方向感覚を選択するだろうか。やはり馬鹿だ。
「あ、思い出したわ。開きかけた扉は本人にしか閉められないわ」
「クロロは眠ったままだ」
「じゃあ、無理ね」
「諦めんなよ!」
 俺が怒鳴り散らすと、セリーも怒声をあげた。
「仕方ないじゃない!だったら、『月光』を叩き起こしたらいいじゃない!」
「無茶言うな!」
クロロの身体は完全に休息状態だ。何をしても起きないのは、霊峰で修行していた俺なら知っている。だが……ポツリとエキドナが呟く。
「……できるかもしれない」
「「え?」」
 見事に俺とセリーの声が、間抜けな声が被る。
「物理的に起こすのは無理だけれど、精神的になら……。ご主人様とクーロンの精神を繋げ、クーロンを呼び起こし、扉を閉めさせることができるかも……?」
「精神的に……そんはことができるのか?」
 エキドナの案を聞いて、俺直ぐに自分なりに検証しながらセリーへ訊ねる。
「精神を呼び起こす……たしかに、そうすれば乗っ取ることはできないはずよ。今は『月光』の意識が弱って眠っているから……あとは『月光』が扉を閉めれば」
「魔人化しないんだな?」
「その通りよ」
 それを聞いて、希望が見えてきた。と、今はクロロのことが最優先だが一つ気になることが……。

 ノーラのあれは……じゃあ、なんなんだ?

 そんな思考も、エキドナの声で掻き消えた。ゲートだとか、魔人とか魔物……そんなことはクロロの後だ。


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