一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

潔白

 –––☆–––


 翌日……いい頃合いを見計らってアリステリア様を訪ねに王宮へ足を運んだ。今度は警備兵に止められることなく、アリステリア様の書状を見せて通してもらった。
「グレーシュ・エフォンス様」
「あ、どうも……」
 と、王宮に入って直ぐに綺麗なく所作で礼をしたアリステリア様付きの侍女……アンナが俺を出迎えた。案内のつもりだろう。
「別に……道は覚えているので気を遣わなくとも宜しかったのですが……」
「いえ、道案内以外にも気を遣わなくてはならないことはありますので」
 そう言うアンナの言葉に、俺は周りから向けられる奇異な視線になるほどと、頷いた。そりぁ、一平民のような形をした元服なりたての若造が王宮を一人で彷徨いれば、貴族の目に立つだろう。悪目立ちな意味で。そのためのアンナのようで、俺は苦笑してアンナの後ろをテレテレと歩き……そしてなんだかもう慣れた感じでアリステリア様のいる部屋へ入った。
 ふと、入った瞬間……いつも通りの微笑みを讃えているアリステリア様の雰囲気が表情とは逆に、とても怒っているように感じて俺は首を傾げた。
「えっと……失礼します」
「はい。ようこそ、グレーシュ様。昨晩は随分と派手に暴れられたご様子で」
「…………」
 ば、バレている……だと?そんなバナナ、じゃなくて……そんな馬鹿な。あーでも、結局エキドナに証言させたら昨晩のことも必然的にバレるし……所詮は早いか遅いかでしかないのかもしれない。
 ソニア姉の事件が起こってからのオルフェン邸での騒動……ぶっちゃけ、犯人は俺はでしたーと公言しているようなものだった。
「やっぱり、まずいですかね?」
「っ!?あったりまえですわ!オルフェン邸での騒動の被害は周囲の貴族街にも広がり、しかもオルフェン邸では魔族が埋まっていたという報告、そしてオルフェン邸内ではカリフォーリナ様の皮のみが見つかったと……これはもう、わたくしてでも笑って見過ごすことはできませんわよ?」
「ちょっ……人を大罪人みたいに言わないでください……。それも含めて、今日は話にきたんですから」
 本当は含めるつもりはなかったけど……まあ、仕方ない。
「いいでしょう……しかし、これだけの事を仕出かしたのです。それ相応の理由か、もしくは功績がなくては釣り合いませんわ。最悪でも死刑ですわ」
 ふと、俺の首が飛ぶビジョンが頭に浮かんできて頬を強張らせた。いやだなぁ……。俺の表情見てか、アリステリア様も困ったように頭を抱えた。
「わたくしてとて、庇えるのならそうしたいのですが……」
「特別扱いは出来ませんからね……僕がそれ相応に働かない限りは」
「…………」
 本来のアリステリア様の狙いがどうであれ……ソニア姉を庇おうとするだけでもアリステリア様にとっては綱渡り……それでアリステリア様が恩を着せてくるというのなら甘んじて恩を返すつもりでいたが、ここまで迷惑をかけたらさすがにアリステリア様でも庇いきれないだろう。
 はっ、貴族街をぶっ壊した罪をチャラにしてもお釣りがくる功績だろ?何も、俺はソニア姉を助けるためだけにエキドナと契約したわけではない。ソニア姉を助けるついでに、俺はこの国にとって有益な提案をしようとしているのだ。
 王下四家の一頭、ノルス家の長女を相手に俺のネゴシエーションが通用するかはさておき……俺が考えていることは、ソニア姉を助け、かつ金輪際のソニア姉に対しての脅威の排除……それを達成するために必要なものは出揃った。
 よし、やるか……。


 –––☆–––


「エキドナ」
 俺が呼ぶと、俺の影から触手をうねらせてエキドナが這い出てくるように現れた。それでソファに座っていたアリステリア様は驚いたように眉根を寄せ、その後ろに控えていたアンナは警戒の色を表情に浮かべた。
「あ、大丈夫です。エキドナは僕が使役している死霊です」
「死霊……ですの?」
「それも含めて、説明と……それから提案をしようかと」
 俺はオルフェン宅で起こった出来事を話し、エキドナという存在の意味を理解させる。アリステリア様は俺の話を聞いて、逡巡するように目を伏せた。
「なるほど……バートゥ様の死霊。それをグレーシュ様が支配下に置いたのですね」
「えぇ。バートゥとの契約は切れているから、エキドナはもうご主人様の物よ」
 アリステリア様はエキドナから俺に視線を移して言った。
「ソニア様の身の潔白は証明できましたわね。それに、我が国に入り込んでいた間者の発見と討伐……それもバートゥ様の死霊を二体となると、まあこの件に関してのグレーシュ様の罪はないものでしょう。むしろ、余りある功績ですわ」
 そういうアリステリア様の表情は一切揺らがず、このくらいは当然だと言わんばかりに瞳をキランっとさせると続けて言った。
「その上で……提案というのは?」
 アリステリア様の簡潔な問いに若干の苦笑を漏らしながら、俺は言った。
「バートゥ・リベリエイジの討伐……」
「…………ほぅ」
 王下四家……公爵令嬢としてのアリステリア様の視線が俺に突き刺さる。怖い……恐らく、アリステリア様の頭の中では幾つかの考えが思い浮かんでいる筈だ。
 一つは俺の提案の真意……アリステリア様は今の話でソニア姉がバートゥに狙われていることを知っている。俺がその脅威を排除しようと動くのは必然だ。
 だから、その予想通りにアリステリア様は俺に言った。
「……それは、ソニア様が狙われているから……その脅威を排除したいということですの?」
「その通りです」
「…………確かに、わたくしとしても友人に降りかかる火の粉は払いのけて差し上げたい……ですが、残念ながらそれだけのために国家を滅ぼす力がある伝説と戦うことは出来ませんわ」
「しかし、バートゥは必ずまた来ます」
「それはソニア様がいらっしゃるからでしょう?わたくし、国家と友人なら…………国家を選びますわ。例え、ソニア様がどうなろうと……」
 つまり、ソニア姉をどこかに追放してしまえばバートゥがこの国に攻めてくることはないと……ソニア姉を消してしまえばいいとアリステリア様は言ったのだ。その顔には、意識的に平静を保とうとしている緊張の色が見えた。その色はいつも近くにいるであろうアンナでも気がつかないほどに……だが、エキドナは気付いているらしく、その真意を探ろうとしている。
 俺は怒ってもいい場面だとは思ったが、アリステリア様が本気でそんなことを考えているわけがないと確信していた。
「アリステリア様に、そんなことは出来ません」
 だから言い切った。アリステリア様は一瞬だけ、押し黙ったが直ぐに切り返して言った。
「そうでしょうか……わたくしは」
「出来ませんよ。だって、アリステリア様は僕を敵に回したくないはずですから」
「…………」
「自意識過剰だとは思いますけどね……これでも、自分を客観的に見た価値は分かっているつもりです」
「…………」
「アリステリア様が善意だけでお姉ちゃんを庇ってないことは知っているんです。もちろん、友人としての心はあるでしょう……しかし、アリステリア様はずっとずっと国のため、民のため、世のため……そんな風に身を削ってきた人ですからいざとなれば友人でも切るでしょうね。でも、お姉ちゃんは友人以上に……この僕のお姉ちゃんですから」
 俺の言葉にアリステリア様はふっと力なく笑うと言った。
「確かに、わたくしはソニア様をどうにかしてグレーシュ様の恨みを買いたくはありませんわ。昔から、わたくしはグレーシュ様に目をつけていたのですから」
「それは……買い被りな気はしますけどね」
「さっき自分の価値はわかると仰っていたではありませんの。グレーシュ様は自分が思っている以上に、この国無くてはならない逸材ですわ」
 アリステリア様は天井を仰ぎ、そして儚い夢を見るように口を開いた。
「ギルダブ様やグレーシュ様がこの国を引っ張り、いつかは下らない王政を廃して本当に民のための国を作るのですわ」
「僕と……ギルダブ先輩が?」
「そうですわ。頭は良く回り、武力もあり、人望も厚く、人柄がいい……これこそ国を導くのに必要な力ですわ」
 随分と条件が多いなぁ……。
「人望とか人柄はともかく、武力って物騒ですね」
「武力というのは必ずしも戦で戦う力ではありませんわ……どんな戦いにおいてでも何か一つは強い信念と力があればいいのですわ。努力して積み重ねた力を目にした民衆は、それを模範とするのです……」
 それはなんともまあ、夢物語……実際、そんなことはない。恨み嫉みはもちろんあるだろう。努力というのは過程なんて誰も見ていない。結局、他者から努力の成果が見えるときには努力ではなく才能で全部言いくるめられるのだ。
 アリステリア様は肩を竦めると、気を取り直すように再び切り出した。
「それで、グレーシュ様はソニア様をどうにかすること以上にバートゥ様を倒すことがいいと?相手は伝説ですわ……軍隊を動かしても勝てないような怪物ですのよ?」
「しかし、倒すメリットはあります……イガーラ王国は既に伝説の一人を討ち取ってます。それが今回のバニッシュベルト帝国との戦いを我が国が主導しているキッカケですし、周りの国も伝説を打ち破れる力のある国には手も出せないし、なにより友好的にしたいはずです。その上、伝説を二人ともなれば、各国はこぞってイガーラと友好的にしたいでしょうね」
 だが、アリステリア様はもちろん反論してくる。バートゥを倒すか、ソニア姉をどうにかするか……その間でアリステリア様の思考が行き交っているのだ。
「しかし、倒せたらの話ですわ。今はバニッシュベルト帝国との全面戦争前……戦力は避けませんのよ?しかも、お金も労力も時間もかかり、バートゥ様の居場所だって分かりませんわ。それなら、ソニア様を」
 俺はアリステリア様が言う前に遮って、口を開く、
「バートゥの居場所はエキドナが知っています……それに、バートゥは少数精鋭でいきます」
「少数精鋭……?」
 俺の言葉にアリステリア様が困惑の表情を見せた、伝説相手に少数精鋭……だが、賞賛はあるのだ。
「僕たちがベルリガウスと戦ったときは、僕を含めて五人だけでした……全員が達人級でしたけど……」
「っ!……達人が五人集まれば勝てるんですの?し、しかし……絶対ではありませんわよね?」
「そうですが、大きな戦力の損失は免れます」
 達人が五人おも死ねば、それはそれで大きな損失ではあるが……しかし、あえて言わなかった。そして、その意図を察したアリステリア様が俺に尋ねた。
「メンバーは……考えていますの?」
 その問いに対して、俺は淡々と……。
「僕はもちろん、
 トーラント・アークエイ、
 エリリー・スカラペジュム、
 クーロン・ブラッカス、

 そしてギルダブ先輩ですよ」
「ぎ、ギルを……?」
 一瞬……素のアリステリア様の困惑した表情が垣間見えた。
「ギルダブ先輩はバートゥがエキドナにわざわざ情報収集させるほどです……伝説が気にするほどにギルダブ先輩は力を付けているのではないですか?」
「それは……」
 アリステリア様は何か言おうとして、口を噤んだ。俺はギルダブ先輩がここ数年で挙げた功績を知らない……だが、数年で男爵になって領地を与えられたのだ。そこいらの男爵などでは、まず領地などそうそう貰うことはできない。つまり、それ相応の功績があったのだ。国王から爵位と領地を与えられるほどの……そして、このアリステリア様の反応だ。
「ギルダブ先輩に加え、クロロ……クーロンの力を合わせれば伝説程度相手になりませんよ。あとは最高神官のフォセリオさんの協力が得られればいいのですが」
「最高神官……?」
 アリステリア様は依然として困惑した表情をしていた。はぁ……。
「考えてみてください。お姉ちゃんの力で、バートゥの死霊は燃えカスになったんですよ?最高神官 であるフォセリオさんも同じことができますし……彼女は『銀糸』と呼ばれる魔術の達人です。光属性の魔術を使わせれば、彼女の右に出る者はいませんから」



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