魔術的生徒会

夙多史

一章 メイザース学園生徒会(7)

 魁人と貝崎はほぼ同時に声のした階段室の方向に視線を向ける。すると、そこには一人の少女が長い黒髪を風に靡かせて歩み寄ってきていた。
 魁人はもう流石に覚えている。見間違えるはずがない。クラスメイトで、初めてあの『炎』が見えた人物――
「神代……紗耶……」
(何でここに? いやそれより、どうやってここに?)
 唯一の出入り口である階段室の中には、貝崎の不良仲間が見張っていたはずだ。それには貝崎も疑問に思ったようで、頭を掻きながら苛立ちを全面に現して口を開く。
「おいおい、あいつらは何やってんだ。誰か通しちまったら見張りの意味がねえだろうがよ」
「あんたの仲間ならちゃんと見張りしてたわよ。襲いかかってきたもんだから、全員あたしが黙らせてあげたけどね」
「あぁ? ……ちょっと待てよ。五人もいてこんな女一人にやられたってか? 冗談だろ? そりゃ笑い話にもならねえって」
「事実よ。もしかしたら今頃は風紀委員に回収されてるかもね」
 と、立ち止まった紗耶がチラリと目だけ動かして魁人の方を見た。だが特に何か言うでもなく、再び貝崎に視線を戻すと、淡々とした口調で告げる。
貝崎豪太かいざきごうただっけ? あんたが開花した力を悪用してることは確認したわ。よって、あたしら生徒会による処分が決定。痛い思いしたくなければ大人しく投降することね」
 完全に上からの言葉に、貝崎の額がピキリと変な音を立てた。
「ハッ、生徒会だか何だか知らねえが、口には気をつけろよ。俺は女だからって手加減できるほど器用じゃねえんだ」
 貝崎は畳んだままのナイフを銃口を向けるように彼女に翳す。が、彼女は眉一つ動かすことなく、余裕さえ感じられる表情でさらに挑発的な言葉を投げかける。
「奇遇ね。あたしも雑魚だからって容赦しないわ」
 彼女の言葉に魁人はヒヤリとした。『雑魚』なんて言葉を超デリケートな不良様に言っちゃうと一瞬で怒りの沸点をオーバーするというのに……。案の定、貝崎の額には青筋が増加していた。
「ちょ、何言ってんだよ、お前!」魁人は思わず叫んでいた。「こいつの力見てんだろ。もし俺を助けようとしてるんなら別にいいから、早く逃げろよ!」
 たとえ彼女が不良五人を一度に倒してしまうほどの達人だとしても、女の子に助けてもらうというのは自分のささやかなプライドに傷がつく。
 だが、紗耶はその辺に落ちている石ころにでも向けるような、そんなどうでもいいという視線で魁人を見ると、どこか億劫そうに口を開く。
「別にあんたを助けに来たわけじゃないわよ。生徒会の仕事のついでよ、ついで。ただの結果的なものでしかないんだから変な期待は持たないことね。それにそっちこそ離れてた方がいいわよ? アレは雑魚だけど、あんたを戦いに巻き込まない保障はできないから」
「!?」
 その瞬間、彼女の中にも今朝見た時と同じ透明な炎が宿った。――否、同じではない。今朝の時よりも荒々しく、猛々しく、桁違いな力強さと存在感を感じる。
 ――わかる。アレは貝崎なんかよりもずっと、魔術師である月夜の中に見た『炎』に近い。いや、近いどころか通り越している。
「本物の、魔術師……」
 確信を持ってそう思えた。それに、彼女は『生徒会』と言っていた。この学園の生徒会は魔術師だと、魁人は未だに信じられないが知っている。彼女――神代紗耶は間違いなく魔術師と呼べる者なのだろう。
 彼女がどんな魔術を使うのかは知らない。だが、彼女が敗れる姿を魁人は想像できなかった。
「さっきから人のこと雑魚雑魚って、てめえ――」
 既に額を青筋で埋め尽くした貝崎がナイフを持つ手に力を込め、叫ぶ。
「ざけてんじゃねえぞこらあぁッ!!」
 ナイフの刃が開かれ、常人には見えないはずの衝撃波が紗耶に向かって飛んだ。しかし、紗耶はその場を動こうとしない。
 代わりに左掌を胸の辺りで立てたかと思うと、その掌と重なるように小さな方陣が展開される。すると、陣の中心である掌から黒い棒状のものが飛び出した。彼女は右手でそれを掴むと、まるで居合でもするような構えをし――

 次の瞬間、彼女の前に現れた蒼い炎が衝撃を呑み消した。

 貝崎は驚愕の表情をしている。魁人も何が起こったのかわからなかった。ただわかるのは、紗耶が右手に握っている物、それが蒼い炎を刀身に纏う日本刀だということだ。
 漆黒の柄に、金色に縁取りされた鍔、見事な反りの刃には銘文と思われる文字列が象嵌で施されている。元から国宝級と言われても信じてしまうほどの荘厳な業物に、蒼い煌めきを花びらのように散らす炎を纏うことで幻想的なまでに美しく見える。
「一応穏便に話し合いしてみたけど、やっぱり馬鹿相手だと無駄じゃない」
 どう見ても挑発してたじゃないか、と思うも魁人は黙っていた。
「ハ、ハハ、こいつは面白えなぁおい。アレか、今日は俺的ライバルの大量発生日か? 他にこんな力を持ってんのは本摩の野郎だけかと思ってたがな。……いや、そうか。あいつが停学になってんのはてめえらの仕業ってわけだな。だがな、俺は本摩のようにはいかねえぜ!」
 貝崎は何度も刃の開閉を繰り返し、その動作によって生み出される風の弾丸を連射する。だが、そのことごとくを彼女は燃える刃で斬り伏せた。
「な、何ぃ!?」
「あんたみたいなのとライバルになるなんて最悪。魔術師として末代までの恥だわ。いいわ、次元の違いってのを見せてあげる」
 日本刀の刀身に刻まれた文字が炎の中で金色に輝く。彼女がその日本刀を床に半円を描くように振るうと、まるで紙に描いたように蒼い炎が軌跡として残り、さらにその先端が伸びて反対側と繋がり、紗耶を中心とした真円となる。
 そんな神秘的な光景に、魁人も貝崎も言葉を失って魅入っていた。しかしそれも一瞬のことで、彼女が勝ち誇った笑みを浮かべるのと同時に、その魔法陣のような炎の円から、見ただけでは数えきれない量の蒼い火球が飛び出した。
 それらは人魂のごとく宙に浮かび、紗耶を太陽とする惑星のように周囲を公転し始める。
「最初に言ったわよね? 大人しくしなければ痛い目見るって。正確には熱くて痛い目だけど」
 紗耶は刀を天に突き刺すように翳す。この後、周りを飛んでいる火の玉が一体どうなるのか、容易に想像できた。
「……い、いや、待てよ、おい、やめ――」
 貝崎は既に先程までの余裕を失っていた。恐怖に目を見開き、顔を皺くちゃにして命乞いしようとするが、紗耶は無情にも刀を振り下ろす。
 その動作で一斉に、一切の容赦もなく、圧倒的なまでの力をもって、炎の流星群は貝崎に襲いかかった。

「ああぁぁぁあああああッ! やり過ぎやり過ぎ紗耶ちゃん待ってスト――――――ップ!!」

 同時に、そんな絶叫が屋上の隅々まで響き渡った。

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