魔術的生徒会

夙多史

一章 赤い少女と風切りの王(7)

「風切りの王?」
 生徒会室に戻り、あの紗耶を圧倒した辻一葉について改めて魁人が訊ねると、月夜からそんな答えが返ってきた。
「そうよ。一葉は辻家やその関係者の間じゃそう呼ばれているの。『金行』による風を切り裂くような戦闘と、常に威風堂々とした男らしい態度からね。魁人くんも見たからわかるんじゃないかな?」
 わからないでもない、と魁人は先の試合を脳内でリプレイしてそう思った。
「つ、月夜、あまり背中がこそばゆくなることは言わないでくれ。あと『男らしい』は余計だ」
「ふふっ。威風堂々というよりは余裕綽々だけどね」
 頬を僅かに赤らめて抗議する一葉に月夜は悪戯っぽく微笑んだ。彼女は試合が大事に至らず終わったことでほっとしている様子だった。とはいえ無事というわけでもなく、意識を失った紗耶はソファーに寝かされて月夜の治療を受けているし、戦場になった屋上は現在銀英と葵が後片づけを行っている最中だったりする。
「わ、私のことはいいだろ」一葉は照れ臭そうに頬を掻き、「それよりフィアのことなんだが、君たちのクラスに編入することとなっている」
「え? 辻先輩と同じじゃないんですか?」
 魁人はそうとばかり思っていた。
「確かにフィアはホムンクルスなので知識も豊富だ。三年生から始めても勉学で遅れを取ることはあるまい。だが、フィアには普通の学園生活というものを経験させてやりたいのだ。受験やら就職やらが控えた三年生でそれは難しいだろう? かといって既にコミュニティが確立している二年生では浮いてしまうかもしれない。よって一年生として編入させるのが妥当だと考えたのだ。君たちも入学したばかりで境遇的に似ているし」
「つまり俺と紗耶にその子の世話係をやってほしいと?」
「話が早くて助かる」
「あ、あの、よろしくお願いしますです!」
 ペコリと丁寧にお辞儀するフィア。一葉と離れる不安もあるようだが、それ以上に彼女の学園生活に対する期待も伝わってきた。
(できれば遠慮したいとこだけど……)
 これもまた、魁人が手伝うといった生徒会の仕事とは外れている気がする。だが――
(他の人にこの子を任せるわけにもいかないんだよなぁ)
「……わかりました。引き受けます」
 フィアは人間ではなくホムンクルスだ。他でもない魁人の目がそれを証明している。さらに怪しい錬金術師に狙われているとなると一般人だけでは対処不能だろう。危険過ぎる。
 かといって、魁人だけでも力不足なのだが……。
「それで、あたしを試したってわけ?」
 と、意識を取り戻した紗耶が痛みに顔を引き攣らせながら上体を起こした。
「紗耶、傷は大丈夫なのか?」
「このくらい平気よ。ていうか、あんたなに勝手に決めちゃってんのよ?」
「聞いてたのかよ」
「一応ね」
 紗耶はつまらなそうに溜息をつき、それから一葉を鋭い視線で睨みつける。
「で、どうなの? さっきの試合はあたしの実力を試してたんでしょ? そのホムンクルスを守れるだけの力があるかどうか」
「それもあるが、君の辻家に対する嫌悪や怒りを吐き出して冷静になってもらう目的も嘘じゃない。そうでもしないと、私の頼みを聞いてくれそうになかったから」
 対する一葉は特にすまなさそうにするわけでもなく、平然とそう言ってのけた。気に入らない、とでも言うように紗耶は拳を握る。相性がいいはずの相手に完敗してしまったことは彼女にとって最大級の屈辱だったのだろう。
 無言で一葉を睨み続ける紗耶。そんなギスギスした空気を読んだのか、フィアが泣きそうな顔になって言いづらそうに口を開く。
「あのあの、紗耶……さん、もしご迷惑なら、わたしは」
「いいわ」
「え?」
 紗耶がなにを言ったのかわからず、フィアはキョトンとした。紗耶は腕を組んで視線を明後日の方向に逸らす。
「あなたの護衛を引き受けるって言ったの。でも護衛だけよ? 面倒を見るのは魁人の役目」
 告げられた瞬間、泣きそうだったフィアは夜明けが来たように表情を明るくさせた。すかさずお礼のお辞儀で深々と頭を下げる。
「あ、ありがとうございます!」
「そう言ってくれると助かるよ、神代紗耶君」
「別に、あんたに頼まれたからやるわけじゃないわよ。その子は学園の生徒になるんだから、生徒会魔術師として仕方なく守ってやるの」
「あはは、紗耶ちゃんツンデレだぁ」
「つ、月夜先輩は黙っててください!」
「――ってちょっと待った!? さりげなく俺に全部丸投げしてませんかね!?」
 危なく流されるところだった。護衛だけって、護衛が機能する事態にならなければなにもしないって言ってるようなものだ。
「別にいいでしょ? あんたそういうの得意そうな顔してるし」
「どんな顔!?」
「あ、あの、ダメ……ですか?」
「うぐっ」
 また涙目になったフィアが上目遣いで魁人を見る。そんな顔をされて突っぱねられるほど魁人は人間ができていなかった。
「いや、まあ、ダメってわけじゃ……」
 魁人が言葉に窮していると、なにやら紗耶から冷たい視線を感じた。
「……このロリコン」
「酷い言われようだ!? そっちが押しつけたくせに!?」
「まあまあまあ、魁人くんがロリコンなのはいいとして」
「これっぽっちもよくないですよ月夜先輩!?」
 まずい。この流れでフィアの世話係なんてやってしまうと『魁人=ロリコン』説がクラスどころか学年、いや学園中に定着してしまうかもしれない。それだけはなんとしてでも防がねば……。
「一葉に一つ確認しときたいことがあるんだけど」
 頭を悩ます魁人をスルーし、月夜はまっすぐに一葉を見詰めた。

「フィアちゃんを魁人くんたちに預けて、一葉はその間なにをするつもりなの?」

「……」
 核心を突いた問いかけに沈黙が降りる。魁人も考えることをやめて二人に注目した。
 悪戯がバレてしまったかのように、一葉は苦笑する。
「はは、やっぱり鋭いな月夜は」
「だてにあなたの親友やってないもの」
 それでどうなの? と月夜はニッコリ微笑んで促す。なんとなくその笑顔が魁人は恐かった。
 観念したように一葉は目を伏せる。
「フィアを狙っている敵を探し出して、叩き潰すつもりだ」
「一人で?」
 さらに問う月夜の目は笑っていなかった。
「学園外でのことだから生徒会の手を煩わせるわけにはいかない……と言いたいが、相手の戦力もわからないのに無茶な真似はしないよ。諜報能力に長けた葵君か、なにかと便利な御門君を借りたいところだ」
 隠れているだけではいずれ襲撃されてしまう。
 ならばこちらから出向いて先手を打つ。
 一葉はそれを実行しようとしている。成功すれば魁戸たちが危険に巻き込まれることもないだろうが、葵はともかく面倒臭がりの銀英が快く引き受けるかどうか怪しいところである。
 満足な答えを得られたのか、月夜は目に込めていた険を緩めた。
「うん、じゃあ二人とも連れてっちゃって。その方が早く終わるでしょう?」
「月夜ならそう言うと思ったよ。ではお言葉に甘えるとしよう」
 なんか本人たちのいないところで勝手に決まってしまった。
「そういうわけだ。羽柴魁人君、神代紗耶君、フィアのことを頼む。フィアも、二人に迷惑をかけないよう、ちゃんと言うことを聞くのだぞ?」
「うん、お姉ちゃんも、気をつけて」
 一葉はフィアの小さな頭を大切そうに撫でる。フィアもそれが気持ちいいのか、仔猫のように目を細めた。
「では私は御門君と葵君の説得してくるとしよう。嫌と言っても無理やり引っ張っていくがね。――ああ、そうだ」
 生徒会室を出ようとしたところで一葉は立ち止まり、表情を険しくして魁人と紗耶を交互に見た。いや、睨んだ。
「フィアは私の大事な家族で、妹だ。無論血は繋がっていないが、そんな些細なことは関係ない」
 刃物のような視線に得も知れない凄みを感じ、魁人はおろか紗耶でさえ冷や汗を滲ませる。
「もし君たちがフィアを悲しませるようなことをしたならば、私がこの手で制裁を加えなければならなくなるからそのつもりでいてくれ」
 その言葉は、とても冗談には聞こえなかった。

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